古代人類の行動が劇的に変化した生態学的な背景を探るため、研究者らはケニア、ナイロビの企業と協力して、かつて石器が発見された場所から約24km離れた古代の湖の跡を掘削した。ケニア国立博物館と地元オルドイニョ・ニョキエの人々の協力を得て長さ約140mの堆積物コアを採取。時間にすると約100万年分の歴史を取り出せたことになる。(HUMAN ORIGINS PROGRAM, SMITHSONIAN)
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 かつて東アフリカで暮らしていた古人類は、約70万年にわたって安定した生活を送っていた。その技術と生存戦略はずっと変わらなかった。彼らは手近な石で作った単純な大型の手斧で、獲物を切り刻んだり、枝を切ったり、イモを掘ったりしていたと考えられている。

 しかし今から約32万年前、ホモ・サピエンスの最古の化石とほぼ同じ時期に、人類の暮らしは大きく変化した。彼らは矢などの先に付けて使ったかもしれない、小型でとがった石器を作るようになったのだ。こうした石器の中には、何十kmも離れたところから採れた黒曜石でできたものもあった。また、彼らは赤と黒の顔料も集めていた。顔料といえば、後世の人類が洞窟画を描くなど、象徴的な目的に使用した物質だ。

 10月21日付けで学術誌「Science Advances」に掲載された論文は、このように人類の行動が突然変化した背景には、ある一大要因があったと示唆している。それは、アフリカの大地を引き裂いた地殻変動だ。

 科学者たちは以前から、湿潤化や乾燥化といった気候の変化がわたしたちの祖先の適応を促したと考えていた。今回の研究では、この仮説を検証している。そのために、古代の湖の跡から長さ約140mの堆積物コア(堆積物を掘削して採取した柱状の試料)を取り出し、そこに刻まれた約100万年分の環境の変化を詳しく調べた。

かつてオロルゲサイリエ地域で暮らしていた古代人類は、約70万年にわたり、手近な石で作った大型の石器を使っていた。だが32万年前までには、こうした石器は完全に別のものに置き換わった。石器は非常に小さくなり、矢などの先端につけた可能性のあるものも作られた。一部の石器は鋭い刃を作れる黒曜石からできていたが、黒曜石は遠く離れた場所からとってこなければならなかった。人類はこの頃から顔料も使い始めており、象徴的なコミュニケーションがあった可能性を示唆している。(IMAGES FROM HUMAN ORIGINS PROGRAM, SMITHSONIAN)
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 そうして取り出した湖の地質記録からは、先述の新しい技術が現れてきたのと同じ時期に起きていた一連の環境の変化が判明した。気候と地形の変動が激しくなり、それまで安定していた水や食料の入手が不安定になった。そのため、東アフリカの初期人類の生活は混乱に陥り、革新と適応を余儀なくされた可能性が高い。

「適応力こそ人類の最大の特徴だと思います」と、論文の筆頭著者で米スミソニアン国立自然史博物館の古人類学者リチャード・ポッツ氏は言う。

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