地球を守るチャンスに(新型コロナで変わる世界)

新型コロナのパンデミックは、長期的に見て環境にどんな影響を及ぼすか

2020.11.01
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不朽の自然。米国カリフォルニア州に育つマツの仲間、ブリストルコーンパインは樹齢が4000年を超えることもある。(PHOTOGRAPH BY JOHN CHIARA)

*撮影手法: ジョン・キアラは「カメラ・オブスクラ」と呼ばれる大型の撮影装置を載せた車を運転して、米国各地を訪れた。撮影したのは、カラーネガペーパーに直接感光させたネガ画像だ。
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この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年11月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

地球をこれ以上痛めつけてはならない。新型コロナウイルス感染症の大流行で、そんな意識がいっそう高まっている。以前の社会に戻らない覚悟ができれば、気候崩壊は防げるかもしれない。

 1858年春、ジョン・T・ミルナーという若い技術者が米国アラバマ州中北部、アパラチア山脈の末端にあるジョーンズ渓谷にやって来た。鉄道を新設するための調査で州知事から派遣されたのだ。

 それは南北戦争が始まる3年前のことだ。この一帯は資源が豊富だった。州政府が実施した地質調査で、北には炭田が広がり、南のレッド・マウンテンという山の頂には分厚い鉄鉱脈が露出していることが報告されていた。

「レッド・マウンテンの頂上から、美しい谷を眺めた」とミルナーは回想している。その後ミルナーの尽力で鉄道が敷かれ、山には暗く危険な炭鉱がいくつも開かれて、谷間には煙突が立ち並んだ。この地は後に、バーミングハムと名づけられる。だが、ミルナーが調査した当時に頂上から見たのは、こんな風景だった。

「そこには農地が見渡す限り続いていた……農業を営む条件がこれほど完璧に整い、農民が満足している場所が、ほかにあるだろうか。必要な食料はすべて自給したうえで、膨大な量の小麦を売って金にする。集落のそばには水の澄んだ美しい川が流れ……静かでのどか、農業がさかんで、きれいに整備され、秩序のある町だった」

「秩序のある町」の住民の4分の1ほどは、アフリカ系の奴隷だった。

 ミルナーたちが目指したのは、プランテーションのように安い労働力で成り立つ工業地帯だった。南北戦争による中断はあったものの、1870年代にようやくバーミングハムという都市が誕生し、所期の目的はほぼ実現した。英国にも肩を並べる豊富な石炭と鉄に加え、安上がりな黒人労働者を武器にして、バーミングハムは繁栄を謳歌する「魔法の都市」となった。

 そこでは少数のために巨万の富が生み出され、白人の貧しい小作人、黒人、移民など大多数にはそこそこの暮らしが用意された。ここで生産されるレールと梁が、伸びざかりの国を建設していったのだ。しかしその結果、公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が1963年に指摘したように、バーミングハムは全米で人種差別が最も激しい都市となり、さらに、環境汚染が最も深刻な都市の一つにもなった。

 バーミングハムほど、産業資本主義に内在する人種差別意識があらわになった場所はない。この都市はほかのどこよりも、未来の展望がいかに重要かを明瞭に物語る。

 3月以降、私はアラバマ州生まれの妻とともに、レッド・マウンテンの南2キロほどにある自宅で、パンデミックを乗り切ろうとしていた。全国ニュースでは、食料配給や失業者の長い行列、患者で満杯の集中治療室、苦境に陥っている人々の話が連夜伝えられる。

 先がまったく見通せない状況で、私はアルベール・カミュの小説『ペスト』を手にとった。書店で飛ぶように売れていると英ガーディアン紙は伝えていた。確かに、今の状況と気味悪いほど符合する部分がある。「人々は商売を続け、旅行を計画し、自分で勝手な判断を下していた」。事態を軽く見ていた流行初期、アルジェリアのオランの様子をカミュはこう書いている。「これがもし悪疫だったら、未来は閉ざされる……そんな考えは脳裏をかすめもしなかった」

 だが、私たちの未来は閉ざされていない。困惑こそあるものの、未来は大きく開かれている。

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、長期的に見て環境にどんな影響を及ぼすだろう? 都市の大気汚染や、海洋のプラスチックごみ、減少する多雨林、依然として続く温暖化には、どう関係してくるのか。シベリアのツンドラではすでに、広範囲で森林火災が起きている(1)。80億人近い人間がひしめき合って生きる地球で、コロナ禍の経験は私たちの環境への姿勢を根本から変えるだろうか。

「前例のない今回の危機で発覚したのは、関係がないと思っていたすべてのことが、つながっていた事実だ」。フランスの社会学者エドガール・モランは、今回のパンデミックの教訓を記した近著でそう書いている。初めての外出禁止を経験した私たちは、今まで歩んできた道のりと、今後進むべき方向を考え直すようになったというのだ。

 私がモランの著書を読んでいた6月中旬、白人警官に暴行を受けた黒人男性ジョージ・フロイドの死に抗議するデモ活動は、4週目に入っていた。南部各地で、南北戦争の記念碑や像が引き倒され、バーミングハムも例外ではなかった(2)。「制度の改革」を叫ぶ声が上がり始めると、有色人種の扱いから地球環境への取り組みまで、あらゆる範囲で改革が必要だという考えが人々の心情に響いた。私たちは異常気象、感染症の大流行、警察の暴力を目にし、自分は無防備で傷つきやすい存在だと気づいたのだ。

 こうした共通の感情は、私利私欲を離れて世界を変えていく必要性を痛感させる。他者を脅威と見なすような動きや、パンデミックの前の生活に戻ろうとする動きもあるだろう。家に閉じこもる日が増え、空の旅が減った状況でも、環境破壊は絶え間なく続いている。未来は自分たちで築くもの。彗星の軌道のように計算で予測することではない。今年レッド・マウンテンを歩き、谷間の都市を眺めてきた私は、そうした重要な真実を素直に胸に刻みつけることができた。

1. シベリアの熱波は「人為的な気候変動がなければ発生しなかった」という研究者の結論が、7月に出された。

2. バーミングハム市長のランダル・ウッドフィンによる記念碑撤去は、2017年のアラバマ州法に違反していた。

次ページ:炭素時代の終わりの始まり?

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