現実は計算どおりにいかない、集団免疫の落とし穴

「集団免疫」はどうすれば確立できるのか(第2回)

2020.10.10
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新型コロナウイルスの想像図。(Credit:NIAID)
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 後に米疾病対策センター(CDC)の局長となるウィリアム・フェイギ氏は、16歳のときにボランティアの消防士として働いた経験から、やがて天然痘から人々を救うことになるある重要な原則を学んだ。その原則とは「炎から燃料を切り離せば、火事は止まる」というものだと、フェイギ氏の回顧録『House on Fire(燃える家)』にはある。

 1962年にCDCに入ってからも、フェイギ氏がこの教えを忘れることはなかった。同氏は疫学情報部の一員として、ナイジェリアに駐在することになった。

 当時、国連、世界保健総会、WHOは、天然痘の世界的な根絶キャンペーンを開始していた。大規模なワクチン接種プログラムだ。これによりヨーロッパと北米での感染はすぐさま鎮圧されたものの、アフリカやアジア、南米の多くの地域では10年近く経っても毎年何万人もの天然痘患者が報告されていた。ウイルスは農村部にも都市部にも潜伏し続け、ワクチンの免疫が5年しか持続しなかったことから、すでに天然痘が一掃されていた地域が再び脅かされる事態も起きた。

もし自分がウイルスだったなら

 潮目が変わったのは1966年12月4日のこと。その日、ナイジェリア南東部のオゴジャ地方にいたある宣教師からフェイギ氏に、新たな流行が発生した可能性があるとの無線連絡が入った。フェイギ氏と天然痘対策チームはバイクで150キロを移動し、ある村で4人の患者を確認したものの、すぐに問題に直面した。標準的な手順では、一定の半径内にあるすべての村の住民全員にワクチンを接種することになっていたが、チームが持参したワクチンの量が足りなかったのだ。それでも、何らかの対処をしなければならない。

「もし自分が人類を大量殺戮しようとしている天然痘ウイルスだったなら、自分たちの家系を繁栄させるために何をするだろうか」と、フェイギ氏は書いている。「その答えはもちろん、最も近くにいる感染可能な人間を見つけて、再生産を継続することだ」

 対策チームは、既知の患者と接触する可能性の高い個人を特定して、ワクチンを接種するという手法を採用した。「輪状接種」あるいは「監視と封じ込め」と呼ばれるこの戦略が功を奏し、最後まで残っていた天然痘感染の拠点は、その後8年間で一掃された。

次ページ:公衆衛生の背後にある哲学

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