あの名画は、ミイラから作られた絵の具で描かれていたのか?

ヨーロッパの画家たちが使ったマミーブラウンと呼ばれる茶色の絵の具の秘密

2021.01.02
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
1830年の作品「民衆を導く自由の女神」を描いたのは、フランスの有名画家ウジェーヌ・ドラクロワ。ドラクロワは、砕いて粉にしたミイラから作られた絵の具を使っていた。
[画像のクリックで拡大表示]

 ウジェーヌ・ドラクロワが描いた中で、一二を争う有名な絵画が「民衆を導く自由の女神」だろう。1830年の7月革命を主題とした、フランスの国民精神が体現されていると評される一作だ。パリのルーブル美術館に収蔵されているこの作品は、館内でも人目を引く場所に飾られている。

 この絵には、女神に導かれる人々が描かれている。そして人間が描かれているだけではなく、「人間そのもの」が使われて描かれているかもしれないのだという。

 16世紀から1900年代初頭まで、ヨーロッパの画家たちは、人間の遺体であるミイラを原料とした絵の具を使っていたことが分かっている。ドラクロワもそうした画家の一人だった。画家たちは「マミーブラウン(ミイラの茶色)」と名付けられた絵の具が生み出す、豊かで透明感のある色合いを珍重したのだ。古代エジプト人たちは、図らずも死後の世界を絵画のキャンバスの上で過ごし、美術館を訪れる人々からは称賛の目を向けられる事態となっている。

薬として使われたミイラ

 ミイラを絵の具として使用するというアイデアは、もともと別の用途から派生したものと考えられている。実は、ミイラは薬として用いられたのだ。

 中世初期以降、ヨーロッパの人々は、てんかんから胃の不調まで、あらゆる病気の治療にミイラを原料とした薬を調合して用いていた。エジプトのミイラがヨーロッパで珍重されるようになった理由が、そこにビチューメン(天然のアスファルトやタールの総称。アラビア語では「ムンミヤ」と呼ばれ、薬効があると信じられていた)が含まれていると誤解されたためか、この世には無い力が備わっていると信じられていたためなのかは、今となっては不明だ。 (参考記事:「ミイラ巡る黒歴史、薬として取引、見物イベントも」

 研究によれば、画家たちがミイラから作られた薬を絵の具に用い始めたこと、そしてその後、ミイラの薬と絵の具が一緒に、ヨーロッパの薬局で販売されていたことが分かっている。ミイラの薬としての人気は、18世紀末頃には失われつつあったが、そのころナポレオンがエジプトに侵攻したこともあって、ヨーロッパ大陸全土では、改めて熱狂的なエジプトブームが巻き起こっている。

参考ギャラリー:ところ変わればミイラも変わる、世界各地のミイラ11点(画像クリックでギャラリーへ)
カラフルな装飾が施されたミイラ。約2500年のときを経て発掘された。(PHOTOGRAPH COURTESY MINISTRY OF ANTIQUITIES)

次ページ:画家たちは知っていたのか?

ここから先は「ナショナル ジオグラフィック日本版サイト」の
会員の方(登録は無料のみ、ご利用いただけます。

会員登録(無料)のメリット

  • 1ナショジオ日本版Webの
    無料会員向け記事が読める
  • 2美しい写真と記事を
    メールマガジンでお届け

おすすめ関連書籍

西洋絵画

◆ビジュアルで見やすい年表で、西洋絵画の歴史がすっと頭に入る。◆古代・中世から近・現代まで、800点もの美しい作品を迫力の大判で。 ◆先史時代の洞窟壁画から現代アートまで西洋絵画の全歴史を通観。

定価:7,040円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加