3700年前の古代カナン人宮殿、地震で廃墟化

遺跡を横断する溝や変形・崩落の跡から判明、現代の地震リスクも浮上

2020.09.16
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宮殿跡を横断する溝

 2011年に発掘チームは、宮殿跡をまっすぐ横切るような溝を発見した。当初、この溝は現代のものと考えられた。周辺に広がるアボカド畑の灌漑用か、1948年の第1次中東戦争で掘られた塹壕かもしれないと思われたのだ。

宮殿の空中写真。写真の上半分、左右方向に溝が走っているのがわかる。(PHOTOGRAPH BY GRIFFIN AERIAL IMAGING)
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「1948年に、道路のすぐ向こう側で戦闘があったんです」と話すのは、もう1人の発掘責任者、米ジョージ・ワシントン大学のエリック・クライン氏である。そこで氏はこの溝について、「調査メモに“現代の対戦車壕”と書き残しました」

 しかし何年も調査を続けるうちに、不思議な点がいくつもあることがわかってきた。例えば、壁がわずかにずれて段ができている。床が波打ったり、妙な角度のスロープになっていたりする。上から何か重いものが落ちてきたようなくぼみがある。

 2019年までに長さ30メートルの溝が姿を現し、壁の石積みが3段分、溝に崩れ落ちている様子が明らかになった。

「その時点で、互いに顔を見合わせました。それから、そのエリアの監督者が『これは現代の溝ではなく、古代の溝だと思う』と言いました」。クライン氏はそう振り返る。「仲間の1人が『ええと、地震とか?』と言うと皆、うん、そうかもしれない、マイケルに連絡しよう、ということになりました」

 マイケルとは、ハイファ大学の海洋地質学者で、今回の論文の著者であるマイケル・ラザー氏のことだ。氏は2013年にワインの貯蔵庫が発掘された際、現場を訪れたことがあった。

「屋根が崩落して粉々に割れた瓶をたくさん目にしました」とラザー氏は回想する。「アサーフが『どう思う?』と聞くので、地震ですね、と答えました。するとアサーフは、『そうじゃないだろ、本当は何が原因だったと思う?』と言いました」

証拠が示す地震説

 だがそれから6年経ち、研究者たちは、溝は地震によって生じた亀裂なのだろうと考えるようになっていた。おそらく地面の液状化によるもので、近くで起きた地震によって直接引き起こされたか、あるいは間接的に、遠くで発生した地震によって地下水面が上昇して生じたのだろう。

 宮殿の床を覆っていた堆積物の粒子を分析したところ、崩れたしっくいや壁の破片が乱雑に入り混じったものであることが判明した。それも、たった一度の出来事でそうなったようだった。泥土が見当たらなかったことから、この堆積物によって覆われる前の床は、全く風雨にさらされていなかったこともわかった。つまり宮殿はゆっくり朽ちていったのではなく、一瞬で崩壊したのである。

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