これまで人間が果たしてきた役割を、ロボットが担うようになってきた。私たちの暮らしに変化が起きつつある。
ロボットに会ったことがなくても、近い将来きっと出会うはずだ。
私は出会った。それは2020年1月のある晴れた風の強い日、米国コロラド州東部の州境に近い草原地帯を訪れたときのことだ。案内してくれたのは、サンフランシスコに拠点を置く企業、ビルト・ロボティクスの共同創業者ノア・レディ=キャンベル。南に目をやると、何基もの風力発電タービンが並んでいた。目の前の地面には、大きな穴があった。新しいタービンが立つ土台になる場所だ。
油圧ショベルと呼ばれる重機で直径19メートル、深さ3メートルの穴を掘り、その壁面に34度の傾斜を付け、底面をほぼ平らにならす。掘り出した土は、邪魔にならない場所に積み上げる。重量37トンの重機を操って、こうした作業を行うには、確かな操縦技術と微妙な調整を行う判断力が必要だ。北米では、油圧ショベルの熟練オペレーターは最高で年収10万ドル(約1100万円)を稼ぐ。
だが、この油圧ショベルの運転席には誰もいない。オペレーターは運転台のルーフの上に乗っている。
オペレーターといっても、手はない。代わりに3本の黒いケーブルがショベルの制御装置まで延びている。目と耳もない。代わりにレーザーとGPS(全地球測位システム)、ビデオカメラ、ジャイロスコープのようなセンサーで物体の方向を把握し、ショベルの動きを監視する。レディ=キャンベルが油圧ショベルに上がり、ルーフ上のケースの蓋を開けた。そこには、重さ90キロのロボットが収められている。
「ここで人工知能(AI)が働いています」。彼が指さしたのは、位置を把握するセンサー、対象を認識するカメラ、油圧ショベルに指令を送るコントローラー、人間が作業の監視に使う通信機器、人間のオペレーターに代わって状況を判断するAIのプロセッサーなどの集まりだ。「これらが油圧ショベルのコンピューターに送る信号を制御します。通常、こうした信号は人間がジョイスティックやペダルを操作して送ります」
現代では、無数の産業用ロボットが工場の組み立てラインでボルト締めや溶接、塗装といった反復作業をこなしている。こうした機械の多くは、安全のために人間の作業員とフェンスで隔てられた場所に置かれている。
油圧ショベルを操縦している装置は、それとは違う。人間とは似ても似つかないが、賢くて、器用で、機動性がある新しいタイプのロボットだ。これまで一度もロボットと出会ったことのない人たちと“共生”し、ともに働くよう設計された装置が今、私たちの身の回りに着実に浸透しつつある。
すでにロボットは大型店舗で在庫管理や清掃作業に活躍し、倉庫で商品の整理や発送品を取り出す作業をこなしている。自閉症の子どもたちの社会性を育んだり、脳卒中患者のリハビリを助けたりするロボットもあれば、国境を警備するロボット、敵と見なした標的を攻撃するドローン(無人機)まである。
こうした状況は以前から進んでいたが、世論調査では世界中の大多数の人々が「ロボットが人間にとって代わる」という考えに抵抗を示していた。それを変えたのは新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)だ。ロボット導入は人々の健康を守るために賢明な選択となり、不可欠ともいえるかもしれない。
今やロボットは英国の小さな町ミルトンキーンズで食品を配達し、米国南部の大都市ダラスの病院で備品を運び、中国や欧州の病院で病室を消毒し、シンガポールの公園を動き回って、歩行者に人との距離を十分保つように呼びかけている。
パンデミックをきっかけに、仕事の一部が自動化されつつあることに気づいた人が増えたと、レディ=キャンベルは2020年5月に私に話した。「これまでは効率性や生産性が利用推進の原動力でしたが、今ではそこに健康と安全という要素が加わっています」
コロナ危機で弾みがつく前から、技術の進歩がロボットの開発に拍車をかけていた。機械部品の軽量化や低コスト化が進み、耐久性が向上する一方で、電子機器の小型化と性能の向上も進んだ。画期的な技術が次々に生み出されて、強力なデータ処理ツールをロボットに搭載できるようになり、デジタル通信技術の進歩で、離れた場所にあるコンピューターに「頭脳」の役割をさせることも可能になった。
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