原始の海を守る、その先に

「海洋保護は漁業の敵ではありません」

2020.08.31
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ガラパゴス諸島のイサベラ島沖で、魚の群れの間をアシカが泳ぐ。原始の海プロジェクトが2015年に行った調査の後、4万平方キロ近くの禁漁区が、ダーウィン島とウォルフ島の周辺に設置された。(PHOTOGRAPHS BY ENRIC SALA)
この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年9月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

海を守る目的とは何か? 生物多様性を保つだけでなく、減少する水産資源を回復させ、気候変動を食い止めることだ。

 エンリック・サラが米スクリップス海洋研究所の教授職を辞したのは、“訃報”を書くのに疲れたからだ。「海の生き物が次々といなくなり、海が死にいく様子を記録するのが私の仕事になっていたのです」

 サラは心に決めたのだ。まだ生きているものたちを守ろう。

 地球上には、魚の乱獲や環境汚染、気候変動などの影響を受けていない、原始の状態に近い海がまだ少しは残っている。陸地で言えば、アマゾン奥地の原生林のような場所だ。「何としても、500年前と変わっていない海へ行く必要がありました」とサラは話す。「それが、健康な海とは本来どういった状態なのかを示す、最も正確な基準となるからです。すべての海を、その状態に戻すのは無理かもしれませんが、原始の海は海がもつ潜在力を見せてくれます。希望を与えてくれるのです」

 原始の海を守るため、サラとナショナル ジオグラフィック協会は、2008年に「原始の海プロジェクト」を立ち上げた。以来12年間に、彼らは22カ所で海洋保護区の設立を支援してきた。その海域は、南米最南端のホーン岬の沖にあるジャイアントケルプの森から、アフリカのガボン沖のザトウクジラが子育てをする海までさまざまだ。

 プロジェクトが設立に関わった保護区の面積を合わせると550万平方キロを超える。これは、世界中にある厳格な海洋保護区の3分の2に当たる。そして今回、サラのチームは「地球の海の3分の1以上を保護する」という、さらに野心的な目標を打ち立てた。その目的は、生物多様性の維持だけでなく、水産資源を増やし、炭素を海中にとどめることにある。

アフリカ西海岸のガボン沖で、全長2メートル近いクラゲの触手に隠れるように、アジ科の稚魚の群れが暮らす。ガボン海洋保護区ネットワークは排他的経済水域の28%を占め、多様な生物が生息している。(PHOTOGRAPHS BY ENRIC SALA)

住民との協力で生まれた保護区

 このプロジェクトに取り組むなかで、サラがとりわけやりがいを感じるのは、保護を目指す海域に関わる地元の人々と、協力関係を築くことだ。南太平洋に浮かぶ英国の海外領土であるピトケアン島では、50人ほどの島民と密接に連携してプロジェクトを進めた。

 「島民の皆さんに、彼らが目にしたことのないような、海中の世界を見てもらいました」とサラは当時を振り返る。「そして、こう話したのです。『ここは、地球上で最も原始に近い姿をとどめた場所の一つで、あなた方の海です。それが、外国漁船の違法な操業によって、危険にさらされています。今ならまだ、その問題に対処することができるのです』」

 自分たちの手で海を守ろうという使命感が、島民の間に徐々に芽生えていったとサラは言う。そして2015年、島民からの要望に応えて、英国政府はピトケアン島とその周辺の無人島(デュシー、オエノ、ヘンダーソンの各島)を囲む83万4000平方キロを、海洋保護区に指定したのだ。

次ページ:海を保護する意味とは?

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