エベレスト 幻の初登頂

世界最高峰の初登頂は29年早かった?登山史上最大級の謎を追う

2020.06.26
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チベット高原を照らす朝日を背に、標高8750メートル地点を行く2人のシェルパ。エベレスト初登頂に挑んで消息を絶った英国人の足跡を探す調査チームの支援に当たった。(PHOTOGRAPHS BY RENAN OZTURK)
この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年7月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

今から100年近く前、英国人登山家のサンディ・アービンとジョージ・マロリーは、エベレストの頂上付近で消息を絶った。二人はエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが世界最高峰に初登頂した29年も前に、その偉業を遂げていたかもしれない。登山史を覆す証拠を求めて危険な山に挑んだ調査隊は、そこで何を見たのか。

「やめた方がいい。今の体力では無理だ。やる価値はない」。標高8440メートル、エベレスト北東稜の岩場で彼は言った。

 血走った目でじっと私を見据えているのは、私たちのガイドで、遠征隊のリーダーを務めるジェイミー・マクギネスだ。酸素マスクとサングラスを外した彼の顔は、死人のように血の気を失っていた。

 私たちがいるのは、登山者が大勢いるネパール側とは反対の、中国側のルートだ。GPS(全地球測位システム)で確認すると、目的の場所はわずか100メートルほど下だった。その地点を探れば、登山史上最大級の謎が解き明かされるかもしれない。事前調査で、伝説的な英国人登山家、“サンディ”ことアンドリュー・アービンが倒れ、永遠の眠りに就いた場所である可能性が浮かび上がったのだ。彼の遺体は今もそこにあるのだろうか。

 アービンと、同行していた仲間のジョージ・マロリーは、今から100年近く前、この稜線を下りてくる途中で消息を絶った。エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイがエベレスト初登頂をなし遂げる29年も前に、どちらか、あるいは二人とも、頂上に達したのか。その謎は現在も解き明かされていない。アービンは小型カメラを携行していたとみられる。もしそのカメラが見つかり、頂上の写真が収められていたら、世界最高峰の登頂史が書き換えられることになる。

彩色した古い写真の中でほほ笑むアービン(上段左端)。その隣で、輸送責任者のE・O・シェビアの肩に足を乗せているのがマロリーだ。経験豊富な登山家を集めた英国チームは、1921年からエベレスト登頂を目指し、この24年の遠征は3度目の試みだった。(PHOTOGRAPH BY JOHN NOEL, MOUNT EVEREST EXPEDITION 1924. COURTESY OF ROYAL GEOGRAPHICAL SOCIETY)

 私は周囲を見渡した。「イエローバンド」と呼ばれる薄茶色の地層が走っている。その一帯には、雪と岩屑(がんせつ)に覆われた岩棚と岩棚の間に、短い急峻(きゅうしゅん)な崖が並んでいる。4000メートルほど下には、チベット高原の乾燥した大地が蜃気楼(しんきろう)のように見えた。

 この2日間というもの、ろくに睡眠がとれていない。極端な高地にいるため、体は衰弱し、吐き気がしていた。3日前に標高6400メートルのアドバンスト・ベースキャンプ(ABC)を出発して以来、わずかな食べ物をのみ込むのが精いっぱいで、ひと口かじったチョコレートバーは後で吐いてしまった。酸欠になった脳は「横になって、目を閉じてほしい」と懇願していたが、そうしたら二度と目を覚ますことはなくなると、かろうじて残っていた判断力と理性が私を踏みとどまらせた。

 顔を上げると、写真家のレナン・オズタークが尾根を下って、こちらに来るところだった。紫色の細い固定ロープに腕を絡ませている。私たちはこのロープを頼りに尾根を登って、数時間前に頂上に登ったばかりだった。

 下りてきたオズタークに「どう思う?」と尋ねてみた。彼の胸は大きく波打っている。息を整え、ようやく酸素マスクの向こうから、小さな声が聞こえた。「行くべきだ」

 私はうなずいてハーネスのフックを固定ロープから外し、傾斜した岩棚に足を踏み出した。その途端、ラクパ・シェルパが叫んだ。「駄目、駄目、駄目です!」ラクパは何度もエベレストの登頂に成功している、ベテランのシェルパだ。不安定なガレ場で一歩でも足をすべらせたら、2000メートル下のロンブク氷河まで一気に転落しかねないことを知っている。

 私はラクパに手を振り、「調べたいことがあるんだ。すぐ戻るよ」と言ったが、彼は必死に止めにかかった。「ラクパの言う通りだ」とささやくもう一人の自分がいた。何十年も世界中の山々に登ってきた私には、自分で決めたルールがある。客観的に見てリスクが高すぎると判断したら、決して無理をしないということだ。

 だがこのとき私は、マクギネスとラクパばかりか、自分のルールまで無視した。アービン失踪の謎は、それほどまでに好奇心をかき立てた。

忙しい夕食時が一段落し、調理担当のシェルパたちも一息ついて、仲間と談笑する。ネパール人の料理人ビレ・タマン(右奥)とチベット人の助手チュンビ(右)は、米、レンズ豆、スープ、麺類と、ボリュームたっぷりの料理を1日に30~40人分も作る。(PHOTOGRAPHS BY RENAN OZTURK)

わずかな痕跡を追って

 私はマロリーとアービンがエベレスト初登頂をなし遂げたとする説をずっと前から知っていた。だが、アービンの遺体探しに関心をもつようになったのはわずか2年前。エベレストのベテラン登山家トム・ポラードの講演を聞いたことがきっかけだった。ポラードは近所に住む私の友人でもあり、その数日後に電話をかけてきた。

次ページ:突き動かされた好奇心

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