白人女性の嘘が14歳少年のリンチ死を招いた

リンチ殺人が横行した米国、暗黒の歴史(3)

2020.06.21
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この一連の記事には、一部に暴力的な写真が含まれています。本文に述べられている残虐な事件の数々を物語る歴史的資料として、リンチによって殺害されたルービン・ステイシーの写真を掲載することは重要であると考えます。黒人に対する残虐なリンチを撮影した写真は、かつて白人至上主義を永続させるために使われていました。
奴隷制度の遺産と、人種差別主義によるリンチ犠牲者の記憶を伝えるために、2018年4月26日にオープンした平和と正義の国立記念碑。(PHOTOGRAPH BY RAYMOND BOYD, GETTY IMAGES)

 2020年、ジョージ・フロイドさん拘束死に対する抗議運動が米国で広がりを見せるなか、ツイッターでは「#AmyCooperIsARacist(エイミー・クーパーは人種差別主義者)」というハッシュタグがトレンド入りしていた。

 エイミーさんは、犬を紐でつなぐよう注意した黒人男性クリスチャン・クーパーさんに対し、警察を呼ぶぞと脅した白人女性だ。この事件について社会評論家は、黒人男性は白人女性による告発というリスクに常にさらされていることを思い知らされるとコメントしている。

 ジャーナリストのアイダ・B・ウェルズが19世紀に行った調査にも、その厳しい現実が記録されている。ウェルズは当時の黒人に対するリンチを勇敢に取材した功績を讃えられ、2020年、ピュリツァー賞の死後特別賞を受賞した。

 ウェルズはその調査取材のなかで、白人女性による嘘の訴えで多くの黒人男性がリンチを受けたと結論付けている。1892年5月21日、ウェルズは、自身が所有するメンフィス・フリー・スピーチ紙に社説を掲載した。「ここでは、ニグロの男が白人女性をレイプするなどという陳腐な嘘を信じる者は誰もいない。南部の男たちは注意しないと、彼らの女たちの道徳的評判に大きな傷がつく結果となるだろう」

14歳の黒人少年の死

 白人女性の嘘で思い起こされるのは、シカゴ出身の黒人少年エメット・ティルのリンチ事件だ。1955年、ミシシッピ州マネーに住むおじの家へ遊びに来ていたティル(14歳)は、白人女性へ口笛を吹いたと訴えられ、拷問を受けたうえ、銃弾を大量に撃ち込まれて殺された。遺体は有刺鉄線でぐるぐる巻きにされ、重さ30キロの綿繰り機をくくり付けられて川へ沈められた。それから数十年後、ティルを訴えた女性は訴えの大半が嘘だったと告白した。

1955年9月6日、シカゴで営まれた息子の葬儀で嘆き悲しむメイミー・ティル・モブリー。14歳だったエメット・ティルは、ミシシッピ州の親せきの家を訪ねていた時、白人女性のキャロライン・ブライアント(旧姓)に口笛を吹いたという理由でリンチを受け、殺害された。

ティルの母親は、葬儀のあいだ棺の蓋を開けたままにして、ティルのつぶされた顔写真を雑誌に載せ、南部で起こっている恐ろしい出来事を世界に知らせてほしいと希望した。それからおよそ60年後の2018年、デューク大学教授のティモシー・B・タイソン氏は、この事件をテーマにした著書『The Blood of Emmet Till(エメット・ティルの血)』を出版し、ティルを訴えたキャロライン・ドナームから訴えは嘘だったと告白されたことを明かした。(PHOTOGRAPH BY BETTMANN, GETTY IMAGES)
エメット・ティル事件の裁判
J・W・ミラム(左)とロイ・ブライアント(右)は、1955年にエメット・ティル殺害容疑で起訴されたが、全員白人の陪審員によるわずか1時間の評議の結果、無罪評決を受けた。後に2人はレポーターに対して、ティルを殺害したことを認めた。この事件がきっかけで、公民権運動に火が付いた。(PHOTOGRAPH BY BETTMANN, GETTY IMAGES)

次ページ:サーカス団員による「レイプ」事件

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