マラリアを治したキニーネ

 時は1638年。ペルーに来ていたスペインのチンチョン伯爵夫人がアマゾンの熱帯雨林を訪れた後、高熱を出して倒れた。治療のために彼女が飲まされたのは、地元の先住民がキナキナと呼ぶ苦い物質だった。幸い、彼女の熱は下がり、病気も治った。この病気は、今でいうマラリアだったと考えられている。

 キナキナはアンデスに自生する木から採取される物質で、この木は伝統的にキナと呼ばれていたが、一説によると、のちに伯爵夫人にちなんでシンコーナ(Cinchona、キナノキ属)という属名が与えられた。ヨーロッパ人たちはこの植物を携えて帰国し、薬として販売した。この薬は「イエズス会の粉」と呼ばれ、のちに英国王チャールズ2世をマラリアから救うことにもなった。

クロロキンやヒドロキシクロロキンの元になった抗マラリア化合物キニーネを産生する植物アカキナノキ。ロバート・ベントリーらの『薬用植物』(1880年刊)に掲載された植物画をもとに、ハンハートが手彩色したリトグラフ。(ILLUSTRATION FROM FLORILEGIUS, ALAMY STOCK PHOTO)
クロロキンやヒドロキシクロロキンの元になった抗マラリア化合物キニーネを産生する植物アカキナノキ。ロバート・ベントリーらの『薬用植物』(1880年刊)に掲載された植物画をもとに、ハンハートが手彩色したリトグラフ。(ILLUSTRATION FROM FLORILEGIUS, ALAMY STOCK PHOTO)
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 数百年後、科学者たちはキナノキ属のアカキナノキという木に「キニーネ」という物質が含まれていることを発見した。アルカロイドと呼ばれる苦味のある有機化合物の1種で、これをヒントにして合成されたのがクロロキンやヒドロキシクロロキンなどの合成医薬品である。

 ヨーロッパ人たちはマラリアに効く物質を求めてキナノキを切り出し続け、ペルーのキナノキを絶滅寸前のところまで追い込むと、今度はブラジルのアマゾンで代わりの樹皮を探しはじめた。いくつかの植物が発見され、やはり同じキナという名前が付けられた。

 しかしこれらの植物からキニーネが抽出されることはなかった。

ブラジルのキナは「代替品」、大半は薬効不明

 薬用植物を専門とする薬学者で有機化学者であるブラジル、ミナス・ジェライス連邦大学自然史博物館・植物園のマリア・ダス・グラサス・リンズ・ブランダン氏によると、ブラジルにはキニーネを作るキナノキ属の植物は自生していないという。

 アカキナノキの代用とされているキナノキ属の木には、キニーネとは別の種類のアルカロイドが含まれているため、ヨーロッパ人はこれらにもアカキナノキと同じ薬効があると思い込んだのだろう。

 けれども今日に至るまで、「偽キナ」とも呼ばれるブラジルの数十種のキナの多くは十分に研究されていない。

「まだ何もわかっていない化学物質がたくさん含まれているのです」とブランダン氏は言う。「その多くが有毒で、摂取してはいけないものです」

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