ベニスビーチ・スケートパークで、見物人が見守るなか、スケートボーダーが巧みな技を見せる。この22歳のショーン・デービスはプロのスケーターになることを夢見て、カリフォルニアに移り住んだ。(PHOTOGRAPHS BY DINA LITOVSKY)
この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年6月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

南カリフォルニアで産声を上げたスケートボードは、どうやってローカルな若者たちが楽しむスポーツから世界の都市文化に影響を与えるほどポピュラーになったのか。

 晴れわたった月曜日の午後、Tシャツとバギーパンツを着た長身の若者が、米国カリフォルニア州ベニスビーチにあるスケートパークの手すりを飛び越え、中に入った。彼はさっそく、持ってきたスケートボードを地面に置いて滑り始める。そして、すり鉢状のコース「ボウル」の中へ滑り降りていったかと思うと、斜面を駆け上がり、ボウルの縁を越えて空中へと飛び出した。その後、彼は後ろ側の足を使ってボードを360度回転させて、ボウルの中へと戻り、反対側の縁から飛び出した。そこで再びボードを1回転させるトリック(技)を繰り出し、ようやく舗道に降り立った。

 彼の名はショーン・デービス。8歳の頃から、自分は何よりもまず「スケートボーダー」であると考えてきた。2019年に米国中西部のイリノイ州ネイパービルから西海岸のロサンゼルスに引っ越し、知り合いの家に泊めてもらったり、時にはマイカーの中で寝たりして過ごしている。すべてはスケートボードの発祥の地、ここ南カリフォルニアに身を置くためだ。

 限られた地域だけの遊びだったスケートボードは、1950年代にはカリフォルニアのサーファーたちの間で人気を博し、今や世界的にもメジャーなスポーツとなった。誰もが楽しめる、肩肘を張らない精神は、上海やサンパウロ、ヘルシンキ、さらにはアフガニスタンのカブールにまで広がっている。

 スケートボードには、フェイキー、バーティカル、キックフリップ、オーリーなど、技やジャンルを表す独自の用語があり、トニー・アルバやスティーブ・キャバレロ、トニー・ホークなどの創始者たちがいる。『スラッシャー』というサンフランシスコを拠点とする権威のある専門誌もあれば、決定版ともいえる映画もある。2001年のドキュメンタリー『ドッグタウン・アンド・Zボーイズ』だ。伝説的なスケートボーダーのステイシー・ペラルタが監督し、俳優のショーン・ペンがナレーションを担当した。また、ジャスティン・ビーバーやリアーナなど、スケートボードを趣味とする有名人も多い。

 元プロスケーターで、今は歴史学の准教授となったオーシャン・ハウエルの言葉を借りれば、スケートボーダーたちはかつて、所構わずに走り回るため、「都市や景観の設計者、ビルのオーナーたちにとって悩みの種」だった。それが今では都市計画の際に、スケートボードについて考慮されるようになった。

イタリアルネサンスを代表するボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」をモチーフに、スケートボーダーの女神を描いた作品。ベニスビーチを飾る数点のアート作品の一つだ。長さ2.4キロの有名な海沿いの遊歩道は、いつも人でにぎわう。(PHOTOGRAPHS BY DINA LITOVSKY)

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