「わたしたちはカニを密輸している多国籍犯罪組織を押さえようとしています。もしカニが野生環境に逃げ出して数を増やせば、その影響は甚大なものになるでしょう」

 そうした事態はすでに起きていると、科学者は言う。船のバラスト水に紛れ込んで運ばれてきたり、市場に流すために意図的に放流されたとみられるチュウゴクモクズガニが、米国の海や川にその爪跡を残し始めているのだ。

「チュウゴクモクズガニは生きたまま輸送されます。彼らは水の外に長時間留まっていても平気なのです」と、米スミソニアン環境研究センターの生物学者で、市民から上海ガニの目撃情報を集めるウェブサイト「ミトンクラブウォッチ(Mitten Crab Watch)」を運営するダリック・スパークス氏は言う。氏によると、このカニは水中と陸上を行き来しながら、1日3.5キロもの距離を移動することができるという。

「もしカニを詰め込んだ荷がトラックから落ちて水に入れば、あっという間に大量のカニがすみつくことになります。一匹のメスは大量の卵を産みます。チュウゴクモクズガニがほんの数匹いれば、すぐに相手を見つけて繁殖を始めるでしょう」(参考記事:「【動画】ヌタウナギが散乱、車や道が粘液まみれに」

 ハンバーグほどの大きさで、毛深いハサミをもつチュウゴクモクズガニは、中国や韓国などの沿岸部に生息している。海水中で生まれた幼生は、河口から川へ移動し、そこで2~5年間、川岸に穴を掘って、淡水魚や無脊椎動物を食べながら過ごす。その後、海水域へと戻って繁殖を行う。

米国魚類野生生物局と税関・国境警備局は2019年秋、共同捜査を行い、複数の港で1万5000匹近い生きたチュウゴクモクズガニを摘発した。密輸業者はカニが詰まった積み荷の内容について、Tシャツ、ジーンズ、自動車部品などと虚偽の申告をしていた。(PHOTOGRAPH BY U.S. FISH AND WILDLIFE SERVICE)
米国魚類野生生物局と税関・国境警備局は2019年秋、共同捜査を行い、複数の港で1万5000匹近い生きたチュウゴクモクズガニを摘発した。密輸業者はカニが詰まった積み荷の内容について、Tシャツ、ジーンズ、自動車部品などと虚偽の申告をしていた。(PHOTOGRAPH BY U.S. FISH AND WILDLIFE SERVICE)
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 米国における感謝祭の七面鳥のように、中国では「上海ガニ」は秋の風物詩となっている。秋は上海ガニの旬であり、長江のデルタ地帯を中心にいくつもある養殖場からは、旺盛な需要に応えるために大量のカニが出荷される。

 このカニの本場と言われる蘇州市の陽澄湖畔には最近、巨大なカニの形をした博物館が建設された。杭州市の路上や地下鉄の駅構内には、生きたカニを売る自動販売機があり、カニ酢と生姜茶2袋付きで3ドルほどで購入することができる。生きたチュウゴクモクズガニの輸入が禁止されている米国では、消費者は最大50ドルを支払って、非合法な市場からカニを手に入れる。

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