ボリビアやアフガニスタン、ニュージーランド、イラクでは、女性たちが政治の世界で大きな力をもってきた。だが、その影響力が拡大するとともに、文化に根ざした反発も激しくなり、時に暴力へと発展している。
敵意をあらわにした群衆を前に、市長は死を覚悟した。
2019年11月6日、ボリビア中央部のコチャバンバ県ビント市で、市庁舎に火が放たれた。15年6月から市長を務める48歳のマリア・パトリシア・アルセ・グスマンは、当時のエボ・モラレス大統領と同じ社会主義運動党(MAS)の所属。そのモラレスは10月に行われた大統領選挙の不正疑惑に対する抗議活動の拡大で、辞任寸前に追い込まれていた。
アルセは煙が立ち込める庁舎から外へ出ると、抗議に集まった人々から逃れようと、膝の悪い足を引きずりながら通りを懸命に走った。「やがて彼らは私を取り押さえ、『人殺し』と叫び始めました」とアルセは振り返る。
アルセは足げにされ、棒で殴られ、石をぶつけられた。そして、はだしのまま引きずられていったのは、大統領支持の左派と反政府の右派との間に起きた衝突で20歳の男性が命を落とした現場だった。群衆は、若者の命を奪った左派をアルセが支持し、資金を提供して暴力に加担したと非難した。「火をつけられて殺されるかと思いました」とアルセは語る。
男がアルセの頭から赤いペンキをかけ、女が腰まである彼女の髪をつかんで切り落とした。アルセの息子たちを殺せ、辞職しろという声が上がった。選挙の不正疑惑が拭えないモラレス大統領を糾弾しろと、叫ぶ声もあった。
覆面をした暴徒に囲まれ、アルセはなすすべもなかったが、堂々と言い返した。「私は口をつぐむつもりはありません。殺したいなら殺せばいい!」 そんな彼女の姿をとらえた動画がソーシャルメディアで拡散された。結局アルセは、オートバイに乗った見知らぬ人に助け出され、警察に保護された。モラレスはその後、軍と警察の支持を失って、辞職している。
この一件はこの国の政治対立の深刻さだけでなく、正と負が背中合わせの現状も物語っている。政府に女性の代表を積極的に送り込むことで知られているボリビアは、同時に女性にとって南米で最も危険な国の一つなのだ。
ボリビアは、女性を標的とした殺人事件「フェミサイド」の発生率が南米で最も高く、2018年は女性10万人当たり2.3人が犠牲になった。19年には117人が殺害されている。また、女性の70%が性的、身体的な虐待を受けているという推計もある。
アルセをはじめとするボリビアの女性政治家たちは、マチスモと呼ばれる男性優位の文化が背景にあると口をそろえる。この腹立たしいまでの偏見は世界中にはびこっており、国を問わず女性指導者たちの前に立ちはだかっている。ボリビアは2010年に、国会や地方議会の政党候補の少なくとも半分を女性にすることが法律で定められ、国会では女性議員の割合が53%を超えている。だが、どんなに制度が整っていても、現実にはこうした事件が起きる。
自分が襲われたのは、推進していた女性活用プログラムが関係していたのではないかと、アルセは考えている。籠編みや調理といった職業訓練を通じて女性の雇用を拡大し、経済的自立を促すこのプログラムを快く思わない男性たちがいたと彼女は言う。
アルセは公的資金を不正に使って暴力を扇動していると非難されているが、本人はそれを否定する。「マチスモの根はとても深い。私を懲らしめて、見せしめにしたかったのでしょう」
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