コロナウイルスは、米ジョージワシントン大学病院で死亡した59歳の男性の肺に広範囲の損傷(黄色の部分)をもたらした。画像はCTスキャンに基づく3Dモデル。(PHOTOGRAPH COURTESY GEORGE WASHINGTON HOSPITAL AND SURGICAL THEATER)

 患者の家を訪れたノルウェーの医師マリ・セイム氏は当惑していた。

 その60代男性の体調が変化したのは1週間以上前のこと。インフルエンザのような症状を示し、呼吸数が上昇しているという。セイム氏は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を強く疑いながら男性の家に向かったが、そこで目にしたのは予想外の光景だった。

「その男性は椅子に腰掛けて、ほほ笑んでいたんです」とセイム氏は言う。「少しも具合が悪そうには見えませんでした」

 それでも男性の呼吸は速く、通常の3倍ほどのスピードだった。唇と指がかすかに青白くなっていた。男性がどれほど深刻な状態にあるかをセイム氏が本当に理解したのは、血液中の酸素飽和度を測定したときだった。正常だと90%を大きく超えるはずが、セイム氏が確認した数値は66%だった。一瞬、セイム氏は装置が故障しているのではないかと考えた。もう一度確認したがやはり66%で、セイム氏はすぐに救急車を呼んだ。

 この男性が示していた症状は「無症候性(サイレント)低酸素症」。COVID-19の患者に広く見られるものの、初期には見落とされていた特徴である。ほかの呼吸器疾患とは異なり、COVID-19は初期段階でさほど息切れを起こすことなく、ゆっくりと体内から酸素を奪ってゆく。患者が呼吸困難や胸部の圧迫感を感じるころには、すでに重篤な状態になっていることもある。(参考記事:「もしや新型コロナ? 疑われる自宅療養時に気をつけるべきことは」

 無症候性低酸素症に驚かされる医師は少なくない。患者の中には、錯乱していてもおかしくないほど酸素が欠乏している者もいるのに、彼らは意識をはっきりと保ち、落ち着いて質問に受け答えをし、携帯電話も使える。科学者たちは、なぜCOVID-19がこのような症状を引き起こすのか、どのように体を蝕むのかを理解しようとしている。

息切れが起きない理由

 息切れ(呼吸困難)は多くの場合、肺組織の弾力性の低下と並行して起こる。呼吸器疾患の多くでは、炎症などによって肺が硬化するが、それは体内の二酸化炭素の排出能力にも影響を与える。体内の二酸化炭素濃度が高まると、通常はそれがトリガーとなって呼吸の衝動が引き起こされる。二酸化炭素濃度の上昇によって脳に発せられる緊急警報が、つまりは息切れの正体だ。

 COVID-19の患者の場合、病気の発症時には、どうやらこうしたトリガーが働いていないようだと、米ペンシルベニア大学で肺疾患および救命救急を担当する医師キャメロン・バストン氏は言う。通常であれば警報のトリガーとなるはずの二酸化炭素の増加が起こらないまま、酸素がひっそりと危険なレベルまで低下するというのだ。

「肺に問題がある場合、ほぼすべての臨床例において、酸素の吸収と二酸化炭素の排出の両方の問題を含んでいます」と、米国ニューヨークのベルビュー病院でCOVID-19の肺炎治療に10日間、ボランティアで協力した救急医のリチャード・レビタン氏は言う。「ただしこの病気は例外です」

 無症候性低酸素症は、以前から高山の登山者やパイロットの間で見られた。高度が上がると気圧が下がり、呼吸に利用できる酸素は少なくなるが、呼吸が速くなることで、二酸化炭素の排出は継続して行われる。高度障害とCOVID-19では、原因も治療法も大きく異なると、レビタン氏は強調する。ただし、酸素の減少に対する体の反応のひとつとして呼吸が速くなるという点はよく似ている。

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