1916年、試験航海中の戦艦ネバダ。第二次世界大戦中は、大西洋と太平洋の両戦域で活躍した。(PHOTOGRAPH BY GEORGE GRANTHAM BAIN COLLECTION, LIBRARY OF CONGRESS)
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 米海軍の戦艦ネバダは二度の世界大戦を生き抜いた不屈の戦艦だ。1941年12月7日(日本時間8日)、真珠湾攻撃の際に始動できた唯一の戦艦であるネバダは、爆弾や魚雷を受けて炎上し、座礁した。しかし、その後の改修を経て、ノルマンディー上陸作戦ではドイツ軍への砲撃に参加。さらに沖縄や硫黄島への侵攻作戦をサポートした。

 終戦後、ビキニ環礁で行われた最初の核実験の標的に選ばれ、23キロトンの空中爆発(ただし、爆弾は外れている)だけでなく、続く水中爆発にも耐えた。そして1948年7月31日、第二次世界大戦で強靭さを誇った船は、米海軍による4日間の砲撃演習により、太平洋に沈んだ。

 保管されている資料や海底調査の結果、戦艦ネバダの残骸が真珠湾の南西約120キロの海底に沈んでいることがわかり、5月11日付けのプレスリリースで発表された。この発見は、文化資産管理会社SEARCHと海洋ロボットで海底探査を手がけるOcean Infinityによる共同調査の成果だ。(参考記事:「真珠湾攻撃から75年、戦艦アリゾナを巡る物語」

 戦艦ネバダは、太平洋の水深約4700メートルの海底に眠っている。初期調査の結果から、海底の泥の中に逆さまの状態で沈んでおり、残骸は船体から600メートルほどの範囲に散らばっていると見られる。船首と船尾はなくなっていた。

ギャラリー:米戦艦ネバダ、海底に残されていた残骸 写真7点(画像クリックでギャラリーへ)
残骸の船尾の部分。「36」「140」と書かれているのがわかる。戦艦ネバダの船体番号は「BB-36」であり、「140」は核実験後の損傷報告のために船尾の「リブ」と呼ばれる骨組み材に塗装されたものだ。(PHOTOGRAPH COURTESY OF OCEAN INFINITY/SEARCH, INC.)

 ノルマンディーから沖縄、硫黄島まで掌帆兵曹としてネバダに乗り込んでいたリチャード・ラムジー氏は、「船が見つかったのは大変すばらしいことです」と言う。

 この調査が始まったのは、コロナウイルスが猛威を振るう2020年4月だった。大規模な海洋考古学部門を持つSEARCH社と、たくさんの海洋調査装置を搭載した調査船を持つOcean Infinity社との間で、1本の何気ない電話のやりとりがあった。たまたま調査船が、ネバダが沈んでいると言われる海域を航行しているときだった。

 SEARCH社の上級副社長で、海洋考古学者として自ら調査団を率いるジェームズ・デルガド氏はこう述べている。「思いついたのです。今このタイミングで、人間のあり方、特に米国人の心に何かを訴える船があるとすれば、それは不屈の精神や強さを象徴する戦艦ネバダしかないでしょう」

次ページ:「偉大な老戦艦」

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