公民権闘争の重要な節目に 席を立つのを拒んだローザ・パークス

歴史の中の「逆境を跳ね返した決断」(3):ローザ・パークス

2020.05.22
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 それだけではない。白人乗客がいる場合、黒人は白人エリアを通って黒人エリアへ行くことさえ許されなかった。前方から乗って運転手に料金を支払った後、いったん下車して後方ドアから乗車し直さなければならない。おまけにバスの運転手はみな白人で、料金を支払った黒人がバス後方へ回り込む間に、バスを発車させてしまうことさえあった。ローザ・パークスにもその経験があったのである。

2857番

 1955年12月1日の夕方、ローザ・パークスは、お針子として働いている百貨店があるモンゴメリー中心街から、クリーブランド・アベニュー行きの2857番のバスに乗車し、黒人エリアの最前列に座った。バスは混み始め、黒人エリアも白人エリアも満席となり、1人の白人男性が立つ羽目になった。黒人は白人と同じ列に座ってはいけないことになっているので、白人男性を座らせるため、運転手は黒人エリアの最前列に座っている男女4人に席を空けるよう言った。4人のうち3人は、最初こそ多少気の進まない様子を見せながらも席を立った。

 しかし、ローザ・パークスだけは腰を下ろしたまま、運転手に再度促されても立ち上がらなかった。通報するぞと脅されると、(彼女自身の記憶によれば)「では、そうなさいな」と答えた。それから30年以上たつころ、彼女はこう書いている。

席を譲らなかったのは疲れていたからだろうと人はいつも言いますが、そうではありません。肉体的な疲れはありませんでした。一日の仕事の終わりに疲れを感じることはめったになく、この日もそうでした。すると、私のことを年寄りだったのだろうと思う人もいますが、私は年老いてはいませんでした。42歳でしたから。私はただ、屈することに疲れていたのです。

 しばらくすると警官が到着し、パークスを逮捕した。彼女は警察署に連行され、人種隔離法違反のかどで正式に告発され、市の拘置所へ移送される。

市民的不服従

 拘置所に入れられてから約2時間後、ローザ・パークスは保釈される。その手続きをしたエドガー・ニクソンはNAACP(全米黒人地位向上協会)モンゴメリー支部の代表で、この街における人種隔離法の合憲性を検証するための事例を探していた。パークスから訴訟の同意を取りつければ、ニクソンは絶好の機会を手に入れられる。ただし、彼女にも家族にも危険な影響を及ぼす恐れがあった。

 NAACPモンゴメリー支部で書記を務めていたパークスは、数カ月前に出席したサマースクールで、インドのマハトマ・ガンジーによる市民的不服従などについての授業を受けていた。このことから、パークスの行動の計画性を指摘する者もいた。しかし、彼女がのちに語ったところによれば、人種隔離を不当だとは思っていたが、抗議行動を計画していたわけではなかった。

次ページ:公民権法

おすすめ関連書籍

逆境だらけの人類史

英雄たちのあっぱれな決断

窮地に陥ったり、不遇や失敗にまみれたりした人たちが、劇的な逆転を遂げるに至る決断を47例集めた、歴史読み物。

定価:本体2,600円+税

  • このエントリーをはてなブックマークに追加