公民権闘争の重要な節目に 席を立つのを拒んだローザ・パークス

歴史の中の「逆境を跳ね返した決断」(3):ローザ・パークス

2020.05.22
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逆境に直面した時、人々は歴史を変えるほど大きな決断を下し、劇的な大逆転を遂げてきた。そんな物語47篇を収録したナショナル ジオグラフィックの書籍『逆境だらけの人類史』から、今こそ読みたい5人の決断を紹介する。

 2001年、米国のミズーリ州議会は7年間に及ぶ法廷闘争に敗北した。「アダプト・ア・ハイウェイ清掃プログラム」に白人至上主義集団クー・クラックス・クラン(KKK)を参加させまいとする試みは、失敗に終わった。この清掃プログラムは、文字通り「ハイウェイを養子にする」という意味で、道路沿いのごみ拾いをする団体が、そのハイウェイの“里親”として看板に団体名を記すことができる。

 州はせめてもの対抗措置として、KKKが受け持つセントルイス郡の州間高速道路55号線の名称を「ローザ・パークス・ハイウェイ」に改名した。結局、KKKは清掃の約束を果たさなかったので、人々はKKKをだしに大笑いする機会を失ったが、この名称は今も残っている。このように、2005年に92歳でこの世を去ったローザ・パークスへの尊敬の印は、アメリカ全土で多く見かけられる。

ローザ・パークス 1955年12月、モンゴメリーでのバス乗車ボイコット運動中に撮影されたパークス。背後にマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが写っている。
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 1955年12月1日、アラバマ州モンゴメリーの市営バスで白人乗客に席を譲るのを拒んだため、ローザ・パークスは逮捕された。この一件はモンゴメリーでの抗議運動に火をつけ、やがてアメリカの公民権闘争の重要な節目となる。パークスによる市民的不服従は比較的ささいな行為にも思えるが、それを実行するという彼女の決断は、とてつもない波紋を巻き起こした。そして最終的には、1776年のアメリカ独立宣言の有名な一節「すべての人(men)は平等に作られている」が、ようやく真実味を帯びてくる。もっとも、「すべての男女(men and women)は平等に作られている」としたほうがよかったのだろうが。

人種隔離

 誰に聞いても、ローザ・パークスは口調が穏やかで信心深い、きちんとした女性だった。しかし、のちに自らの行動を通じて明らかにする通り、彼女はアラバマでの黒人抑圧に強い不公平感を抱き、この問題について何かしたいと内心決意していたのである。アメリカの南部諸州では1870年代以降、人種隔離を認めるジム・クロウ法が施行されていた。建前としては、「区別するが差別しない」状況を作るためだったのだろう。しかし実際の目的は、黒人に社会的、経済的不利益を強制することだった。

 モンゴメリー都市条例は1900年に公共交通機関での人種隔離を定めており、1950年代までには、市内のバス会社はすべてのバスで前方の座席を白人用としていた。法律では、「立っている白人に黒人が席を譲らなければならない」とまでは定めていなかったが、実際には席を譲ることが慣例になっていた。つまり、白人エリアが満席で、座れない白人がいた場合、運転手は白人エリアのすぐ後ろの列に座っている黒人を後方の席に移動させるか、空席がない場合は立たせて、白人エリアを後方へ拡大するのである。

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