世界で最も希少な地中海アザラシ、かつての監獄島で生き残る

「ギリシャのアルカトラズ島」がアザラシの避難所に、個体数は回復傾向

2020.05.13
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ポルトガル、マデイラ諸島の国立公園内を泳ぐチチュウカイモンクアザラシ(おとなのオス)。ここは、残る3つの個体群のうちの1つが生息する場所だ。(PHOTOGRAPH BY DOUG PERRINE, MINDEN PICTURES)
ポルトガル、マデイラ諸島の国立公園内を泳ぐチチュウカイモンクアザラシ(おとなのオス)。ここは、残る3つの個体群のうちの1つが生息する場所だ。(PHOTOGRAPH BY DOUG PERRINE, MINDEN PICTURES)
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 ギリシャ、ギャロス島。幼いアザラシが、エーゲ海の水面に時折姿を現しては、不格好に水しぶきを上げる。興奮したイヌのようにくるくると回りながら、小さな魚の群れを追い、もっといい獲物が目に入ると、今度はそちらを追いかけ始める。

 とうとう疲れたのか、それとも満腹になったのか、子アザラシは岩棚に身を落ち着け、2月の太陽の下で体を伸ばした。

 のどかな姿に見えるが、この動物チチュウカイモンクアザラシは存続の瀬戸際にいる。野生で600匹ほどしか残っておらず、33種いるアシカ・アザラシ類の中で最も数を減らしており、絶滅寸前に追い込まれているのだ。

 モンクアザラシは3種が知られているが、カリブモンクアザラシはすでに絶滅した。残るハワイモンクアザラシも約1000匹が現存するのみで、やはり絶滅が危惧されている。

 チチュウカイモンクアザラシは、成長すると体重300キロほどになり、ほえるような大きな鳴き声と、時にイタズラ好きな性質で知られる。かつては地中海全域のほか、東大西洋と黒海の一部でも広く見られた。だが現在は、モーリタニア、ポルトガルのマデイラ諸島、ギリシャおよびトルコの沿岸という3つの個体群に分断されて生息している。

 個体数の減少が始まったのはローマ帝国時代で、肉、油、毛皮のために多くが殺された。現代では、沿岸の開発によって海の洞窟(海食洞)に追いやられ、密集した生活を強いられている。最近では漁師が誤って死なせたり、故意に殺害したりする事例も起こっている。後者は、魚を取られたことに対する報復だ。

 しかし、ギャロス島では、保全活動家たちが島をアザラシのサンクチュアリ(聖域)に変える努力をしてきたおかげで、チチュウカイモンクアザラシが復活してきているようだ。

ギャロス島にはかつて政治犯を収容した刑務所跡が残されている。(PHOTOGRAPH BY PETER SCHWARTZSTEIN)
ギャロス島にはかつて政治犯を収容した刑務所跡が残されている。(PHOTOGRAPH BY PETER SCHWARTZSTEIN)
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 かつて刑務所や海軍の射撃場として使われたこの島は、その歴史ゆえにほとんど開発されてこなかった。無人島となった島は全長8キロほどで、多くの海食洞に恵まれている。チチュウカイモンクアザラシたちが住むのにぴったりの場所だ。

 この場所にアザラシを引きつけるべく、保全活動家たちは2017年以降、軍艦が残した不発弾を取り除いてきた。また、海食洞を掃除し、アザラシが引っかかって死んでしまうことも多い古い漁網を撤去した。さらに、侵入者を阻むべく、島の最も高い地点に軍用レベルの監視システムを設置した。

「他の場所が危うくなったときに、アザラシがここへやって来て一息つけるような、ある種の避難場所やセーフティーネットを作ることが狙いです」。そう話すのは、世界自然保護基金(WWF)の環境学者、クリストス・パパダス氏だ。WWFは、ギリシャ・モンクアザラシ調査保護協会などの非営利団体や政府機関と共同で行っているこのプロジェクトの先頭に立っている。

「しかし、これはアザラシのためだけではないのです。生態系から彼らのような頂点捕食者がいなくなってしまったら、何が起こるかわかりません」と、ギャロス島の岸辺にボートを近づけながらパパダス氏は言う。氏の言葉を念押しするかのように、若いアザラシがまた、近くの海面に現れた。おそらく水中の岩の間でタコを捕っているのだろう。

 チチュウカイモンクアザラシは現在、全個体数のおよそ10%にあたる60匹がギャロス島に生息している。個体数の回復傾向により、国際自然保護連合(IUCN)は最近、より危機的な「近絶滅種(Critically Endangered)」から「絶滅危惧種(Endangered)」にカテゴリーを変更した。

 しかし、戻ってきたアザラシを、地元の漁師たちは必ずしも歓迎していない。自分たちが野生生物保護の犠牲になっていると感じるからだ。

「アザラシを傷つけたいわけではありません」と、最も近い有人島のシロス島で小規模漁業者の組合長を務めたことがあるマリア・ブドリ氏は言う。「しかし、アザラシには支援してくれる団体がたくさんあります。私たちのことは、誰も助けてくれません」

 新型コロナウイルスが世界中の漁業に打撃を与えている今、そうした対立はますます深まるかもしれないと専門家たちは言う。

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