ヨーロッパ人の1/3が死んだ「黒死病」、歴史の教訓

労働力不足で社会が崩壊、急拡散の背景に当時の「教え」

2020.05.04
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 ペストが容易に広がってしまうのは、ネズミが人間の生活に引き付けられるからである。特に、納屋、製粉場、家庭にストックされている食料は、ネズミにとって魅力的だった。(参考記事:「「黒死病」はネズミのせいではなかった?最新研究」

 ペスト菌が人々の家庭に忍び込むと、16〜23日後になってようやく最初の症状が出る。症状が出て3〜5日後には患者は死亡する。コミュニティーが危険に気づくのはさらに1週間後で、その頃にはもう手遅れだ。ペスト菌は患者のリンパ節に移行し、腫れ上がらせる。患者は嘔吐し、頭痛に苦しみ、高熱によりガタガタと震え、せん妄状態になる。

ペスト患者の首を締める死神。プラハの14世紀の写本より。(W. FORMAN/SCALA, FLORENCE)
ペスト患者の首を締める死神。プラハの14世紀の写本より。(W. FORMAN/SCALA, FLORENCE)
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 リンパ節が腫れ上がるペストは「腺ペスト」と呼ばれる。しかし、これはペストの3つの病型のなかの最も一般的なものにすぎない。第2の病型である敗血症性ペストはペスト菌が血液中に入ったもので、皮膚の下に黒い斑点が現れ、おそらく「黒死病(Black Death)」という名前の由来となった。肺ペストでは呼吸器系がおかされ、患者は激しく咳き込むので、飛沫感染しやすい。中世には敗血症性ペストと肺ペストの致死率は100%だったと言われる。

「すぐに逃げろ」が拡散を助長

 黒死病がヨーロッパのすみずみまで広がったきっかけは地中海沿岸の港と考えられているが、最初の大流行は黒海沿岸のクリミア半島の港町だった可能性がある。ジェノバの植民都市だったカッファ(現在のフェオドシヤ)だ。カッファは1346年にモンゴル軍に包囲されたが、当時、モンゴル軍の内部では黒死病が広まっていた。

 カッファで流行したのは、モンゴル軍が黒死病で死んだ兵士の遺体をカッファの城壁内に投げ込んだためという言い伝えがある。実際には、モンゴル軍の戦列の間をうろちょろするネズミにたかっていたノミが市内にペスト菌を持ち込んだ可能性のほうが高い。市内に疫病が入ったことに気づいたジェノバの商人たちは大慌てでイタリアに逃げ帰ったが、一緒に疫病も持ち帰ってしまった。(参考記事:「ペスト医師、奇妙な「くちばしマスク」の理由」

俗世の快楽から永遠の地獄へ
俗世の快楽から永遠の地獄へ
ピサの壁画『最後の審判』は、ペストの流行前に描かれた。その後、黒死病がピサの街に壊滅的な被害をもたらしたことを考えると、その鮮やかさがいっそう胸に響いてくる。(PHOTOGRAPH BY ERICH LESSING / ALBUM)
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 黒死病がこれほど速く、広大な領域に広まったのはなぜか、歴史学者も科学者も不思議に思っていた。「これだけ速く広まったのは飛沫感染したからであり、主な病型は腺ペストではなく肺ペストだった」と主張する研究者もいる。しかし、肺ペストはむしろゆっくり広がる。患者はすぐ死に至り、多くの人に広めるほど生きられないからだ。

 大半の証拠は、黒死病の主な病型は腺ペストであること、ノミだらけのネズミや旅人が船に乗ることで遠くまで広めたことを示している。海上貿易が拡大していったこの時代、食料や日用品は、国から国へと、どんどん長い距離を運ばれるようになっていた。これらと一緒に、ネズミや細菌も1日に38kmのペースで広まっていった。

動画:恐怖の感染症「ペスト」とは
ペストとはどんな病気だろう?「黒死病」として恐れられた14世紀のパンデミックやその他の大流行の際には、どのくらいの人々が命を落としたのだろうか?ペストを引き起こす細菌や、交易や都市化などの要因が南極以外のすべての大陸にペストを広めたしくみや、3回の恐ろしいパンデミックが現代医学の誕生にどのように役立ったのか、見ていこう。(解説は英語です)

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