昆虫たちはどこに消えた?

世界各地で個体数が急減。危機的状況にある生物多様性

2020.04.29
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カバイロシジミ属のザーシーズ・ブルー。羽を広げた長さは約3センチ。約80年前に米国サンフランシスコ近郊で目撃されたのが最後だ。それは、研究者が恐れる昆虫大絶滅の予兆かもしれない。(PRESERVED SPECIMEN PHOTOGRAPHED AT CALIFORNIA ACADEMY OF SCIENCES)
この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2020年5月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

今、昆虫たちがすさまじい勢いで姿を消している。これは地球が崩壊していく前触れなのか?

 表は鮮やかなオレンジ色、裏は茶色をした光輝く羽が、小刻みにはためいている。

 チョウだ。おびただしい数のチョウが、次から次へと飛んで来る。最初は数千匹ほどだったが、やがて数万、そして数十万匹と増えていく。その光景に驚き、圧倒されながら、私は畏怖の念すら覚えた。

 米国カリフォルニア州東部、まぶしい青空が広がる夏のシエラネバダ山脈で遭遇したのは、ヒオドシチョウの大群だった。私は米ネバダ大学リノ校の生物学者マット・フォリスターとともに、チョウの生態をつぶさに観察できる世界屈指の場所、キャッスル・ピークを訪れていた。タホ湖の北東に位置する標高約2700メートルのこの峰では、45年前から毎夏、隔週でチョウの個体数調査が行われている。そのデータの大半は、フォリスターの指導教官で米カリフォルニア大学デービス校の教授だった、アート・シャピロが集めたものだ。精力的にチョウを研究していたシャピロは、その情報を一つ一つ、カードに記録して残していた。

 フォリスターの研究チームが、蓄積されたこのデータをコンピューターで分析したところ、キャッスル・ピークのチョウは2011年以降、減少していることがわかった。その理由について話している間に、私たちはこのオレンジ色の“もや”に包囲されたのだった。

「昆虫たちが大変な問題に直面しているという話は、多くの人にとって意外かもしれません」と、フォリスターはうねるように飛んでいくチョウの大群を指さしながら言った。「こんなにたくさんいるのですから、それはおかしいと思ってしまいますよね」

 人類が地球に影響を及ぼす時代という意味で、現代は「人新世(アントロポセン)」と呼ばれている。だがそれでも、さまざまな意味で世界を支配しているのは昆虫だ。推定で1000京(1兆の1000万倍)もの数の虫たちが、至るところで飛び、はい回り、宙に舞い、行進し、穴を掘り、泳いでいる。さらに昆虫は種類の多さでも抜きん出ていて、動物の全種類のうち約80%を占めている。知っての通り、現在の地球環境が維持できているのは昆虫のおかげだ。彼らが花粉を運んでくれないと、花を咲かせる植物はほぼ全滅してしまう。

 生物学者のエドワード・O・ウィルソンはいみじくもこう指摘している。もし、人類が突然姿を消しても、地球は「1万年前の、バランスがとれた豊かな環境を取り戻すだけだ。しかし昆虫がいなくなれば大混乱に陥る」と。

 こうしたことから、科学者たちが最近観察した場所のほとんどで昆虫の個体数が減少しているという事実は、衝撃であり、由々しき事態といえる。それは、キャッスル・ピークのような自然が残る山奥や農業地帯に限った話ではない。家の裏庭といった、私たちの身近な場所でも起きているに違いないのだ。

ドイツからの不吉な報告

 ドイツのライン川沿いにあるクレーフェルトという町で、地元の昆虫学会を訪れた。元は学校だったという建物には、たくさんの箱が保管されている。箱の中は、昆虫の大量の死骸をエタノールで保存したガラス瓶でいっぱいだった。

「瓶は毎週のように増えていくので、ちゃんと数えたことはないんですよ」。学会の主任学芸員を務めるマルティン・ゾルグはそう言いながら、おそらく数万本にはなるだろうと答えた。

 1980年代後半、ゾルグたちはドイツ国内のさまざまな保護区における昆虫の状況を調査しようと、「マレーズトラップ」を仕掛けた。これは、ネットをテント状に張り、ハエやハチ、ガ、チョウ、クサカゲロウなど、飛び込んできた昆虫を上部に設置した瓶の中へ集めて捕らえる仕掛けだ。

ドイツのモーゼル川沿いを歩く、クレーフェルト昆虫学会の主任学芸員マルティン・ゾルグ。手にした瓶の中身は、「マレーズトラップ」と呼ばれる仕掛けで捕らえた飛翔昆虫だ。同学会では1980年代から、この方法による採集状況を記録している。(PHOTOGRAPH BY DAVID LIITTSCHWAGER)

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