森の中で1匹のダニが、人の背丈ほどもあろうかという高さの草をよじ登る。そして、前脚を目いっぱい伸ばし、誰かが通るのを待っている。こうした草むらにハイカーが入れば、ダニはハイカーの体に必死にしがみつき、最適な場所に移動する。そして、皮膚にかみつき、口器を突き刺すのだ。ダニがライム病の原因となる細菌を保有していれば、病原菌が体に入り込み、ハイカーは「人獣共通感染症」になる。(参考記事:「研究室 致死率30%の新興ウイルスが日本に定着している!」)
人獣共通感染症(ズーノーシス)とは動物から人に感染する病気の総称だ。米国立衛生研究所(NIH)によれば、全世界の死因の16%近くが感染症によるものと推測され、既知の感染症の60%、新しく見つかった感染症の75%がズーノーシスと考えられている。
実際の被害も大きく、米疾病対策センター(CDC)は、世界のズーノーシスの症例数は年間25億件、死者数は270万人になると推定する。
ズーノーシスの感染経路はさまざまだ。動物や昆虫にかまれたとき、病気の動物に触れたとき、十分に加熱されていない肉や殺菌されていない牛乳、汚染された水を人が摂取したときなど。そして、こうした動物から人に感染する病原体の種類も、細菌、寄生虫、真菌、ウイルスなど一つではない。
比較的病状が軽いものもあるが、ライム病をはじめ、ズーノーシスの多くは症状が重い。人の命を奪うズーノーシスもある。現在、世界に蔓延しつつある新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすウイルスもその一つだろう。
COVID-19の起源はつきとめられていないが、一般に知られているのが、2019年後半、中国の武漢にある野生生物の市場でウイルスが人に感染したというものだ。ウイルスが最初の宿主から市場、人へとどのように移動したかは正確にはわかっていない。残念なことに、私たちはこのウイルスに対する免疫を持たないため、世界で約250万人がCOVID-19 に感染し、既に17万人が死亡している。(参考記事:「“死に至る12の病”、温暖化の影響か」)
新型コロナの前にズーノーシスの代表とされたのがエボラウイルス病だろう。感染源はオオコウモリと考えられている。野生のオオコウモリと類人猿は、現在もエボラウイルスを保有している。コウモリや類人猿と直接接触したり、肉を食べたりすると、ウイルスが宿主から人に感染する可能性がある。
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