ペスト医師、奇妙な「くちばしマスク」の理由

なぜこの形? 中はどうなっている? 17世紀のフランスの医師が考案

2020.03.17
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
イタリア、ベネチアのカーニバルでペスト医師に扮する人々。2020年のカーニバルの最後の2日間は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止された。(PHOTOGRAPH BY GIACOMO COSUA, NURPHOTO/GETTY)
イタリア、ベネチアのカーニバルでペスト医師に扮する人々。2020年のカーニバルの最後の2日間は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止された。(PHOTOGRAPH BY GIACOMO COSUA, NURPHOTO/GETTY)
[画像のクリックで拡大表示]

 しかし、この近寄りがたい服装は、ただの不気味なファッションなどではない。先に書いたように、医師を瘴気(災いを起こす気)から守る防護服だった。

 病気の細菌説が広まる以前、ペストは毒された空気を介して伝染し、人の体液のバランスを乱すと信じられていた。甘い香りや刺激臭は、ペストに汚染されたエリアを浄化し、伝染を予防できると考えられていた。当時よく用いられたのは、花やお香、その他の香料だった。

 ペスト医師は、毒蛇の肉の粉末、シナモン、没薬(植物の樹脂)、蜂蜜など、55種類を超えるハーブや他の材料を混ぜ合わせた解毒薬をマスクに詰めていた。ド・ロルムは、このマスクのクチバシの形状が、医師が吸う空気に解毒薬を十分に行き渡らせると考えていた。(参考記事:「ミイラ巡る黒歴史、薬として取引、見物イベントも」

 実際には、ペストはペスト菌(Yersinia pestis)により引き起こされる。動物から人に感染し、ノミに噛まれたり、ペスト菌に汚染された体液や組織と接触したり、肺ペスト患者のくしゃみや咳によって放たれた飛沫を吸い込んだりして感染する。(参考記事:「ペスト菌、600年前から変化せず」

 そうした原因が突き止められるまでに、ペストの恐ろしいパンデミックは世界を3度襲った。1度目は「ユスティニアヌスのペスト」と呼ばれ、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)の首都コンスタンティノープルでは、西暦542年に1日当たり最大1万人の死者を出した。2度目がいわゆる「黒死病」で、1347年〜1350年にヨーロッパの人口の3分の1が犠牲になり、18世紀まで断続的に大流行が発生した。3度目は第3次パンデミックと呼ばれ、1894年〜1959年にアジアで猛威を振るった。(参考記事:「新型コロナ、WHOがパンデミックと宣言、制御は可能?」

 結局のところ、ペスト医師の防護服や治療法は、ほとんど役に立たなかった。「残念ながら、近世のペスト医師の治療戦略は、延命や苦痛の緩和、治癒には、ほぼ効果がなかった」と歴史学者フランク・M・スノーデン氏は書いている。

 ペスト医師を一目で見分ける役には立ったかもしれない。だが、その服は病気に対する真の防護服にはなり得なかった。本当に効果のある予防法が確立されるのは、病気の細菌説と抗生物質が登場してからだ。

ギャラリー:新型コロナ、非常事態ベネチアの厳しい現実、写真7点(写真クリックでギャラリーページへ)
ギャラリー:新型コロナ、非常事態ベネチアの厳しい現実、写真7点(写真クリックでギャラリーページへ)
2月25日にカーニバルが中止されるまでは、仮面をつけている人は「ペスト医師の行進」に参加できた。(PHOTOGRAPH BY ANDREA PATTARO, AFP/GETTY IMAGES)

会員向け記事を春の登録キャンペーンで開放中です。
会員登録(無料で、最新記事などメールでお届けします。

会員登録(無料)のメリット

  • 1ナショジオ日本版Webの
    無料会員向け記事が読める
  • 2美しい写真と記事を
    メールマガジンでお届け

文=ERIN BLAKEMORE/訳=牧野建志

おすすめ関連書籍

ビジュアル パンデミック・マップ

伝染病の起源・拡大・根絶の歴史

ささいなきっかけで、ある日、爆発的に広がる。伝染病はどのように世界に広がり、いかに人類を蹂躙したのか。地図と図版とともにやさしく解き明かす。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕

定価:2,860円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加