ベネチアのリアルト橋を消毒する作業員。20年3月10日、イタリアのコンテ首相は新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため、イタリア全土に移動制限を適用するという先例のない措置を宣言した。(PHOTOGRAPH BY STEFANO MAZZOLA, AWAKENING/GETTY IMAGES)

 アドリア海に現れた蜃気楼のような奇跡の都市、イタリアのベネチア。つい最近まで、ベネチア住民の「厄介者」と言えば、年間2300万人以上も押し寄せる観光客だった。

 けれども今、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という本当の厄介者のせいで、サン・マルコ広場、サン・マルコ寺院、ドージェ宮殿などの観光名所はがらんとしている。イタリア全土に感染が拡大する中で、かつて「ラ・セレニッシマ(最も落ち着いた場所)」と呼ばれたベネチアが、激しく動揺している。WHO(世界保健機関)によると、2020年3月16日の時点でイタリアでの感染者は2万1000人を超え、2019年12月に流行が始まった中国に次ぐ人数となった。

 20年3月8日未明、イタリアのコンテ首相はロンバルディア地方全域とベネチア、パルマ、パドバを含む14県を封鎖した。感染者数は増え続け、翌日にはイタリア全土と6000万人の国民の移動も制限された。学校、スポーツジム、博物館やその他の公共施設は閉鎖された。つい最近まで無観客での試合は許可されていたスポーツイベントも中止になり、ほとんどすべての商業活動が停止した。

ギャラリー:新型コロナ、非常事態ベネチアの厳しい現実、写真7点
20年3月9日、コロナウイルス感染の拡大を防ぐため、ベネチアへの出入りが制限された。ふだんは観光客でごった返しているサン・マルコ広場も不気味な静けさに包まれていた。(PHOTOGRAPH BY MARCO DI LAURO, GETTY IMAGES)

静まりかえる通りや広場

「健康上か仕事上の理由がないかぎり、誰もベネチアから出られません」と、ベネチアに住む筆者の友人アントニエッタ・ポデュイエはメールを送ってきた。彼女はベネチアの歴史地区に住む5万4000人の住民の1人だ。

 生活費の値上がりと手頃な価格の住宅がなくなってきたせいで、この地区の住民の数は年々減少している。潮位の上昇と地盤沈下による浸水も頻発している。しかし、王冠を意味する「コロナ」という名を持つウイルスは予測不可能で、高潮よりも恐ろしい。

 ハグもキスも禁止されたとアントニエッタは嘆く。「イタリア人にキスもハグも禁じるなんて、想像できますか?」

 すべての劇場が閉鎖された。きらびやかなオペラハウス「フェニーチェ劇場」も例外ではなかった。フェニーチェ劇場は先週、聴衆を入れずに弦楽四重奏のコンサートを行い、YouTubeでその様子をライブ配信したばかりだった(米ニューヨーク・タイムズ紙の記事によると、弦楽四重奏団の熱演に対してバーチャル聴衆が「拍手の絵文字で喝采を送った」という)。フェニーチェ劇場は数カ月前の記録的高潮による浸水被害から立ち直ったばかりだった。まさに「踏んだり蹴ったり」の状況だ。(参考記事:「ベネチアで記録的な洪水、過去50年で最悪」

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