約6万年前、現生人類(ホモ・サピエンス)がアフリカからの大移動を始め、世界のすみずみに散らばっていった。彼らは行く先々で、自分たちと異なる人類と出会った。
たとえば、ネアンデルタール人はヨーロッパと中東に広がっていた。ネアンデルタール人と近縁のデニソワ人はアジアに広がっていた。現生人類は、これらのグループと出会うたびに交雑したようだ。(参考記事:「人類3種が数万年も共存、デニソワ人研究で判明」)
この交雑を示す証拠は、多くの現代人の遺伝子にはっきりと残っている。ヨーロッパ人とアジア人のゲノムの約2%はネアンデルタール人に由来する。アジア人はこのほかにデニソワ人のDNAも持っていて、特にメラネシア人では6%にもなる。一方、これまでアフリカ人は、この交雑の証拠をほぼ持たないと思われてきた。(参考記事:「ネアンデルタール人のゲノム解読、我々の病に影響」)
ところが、1月30日付けで学術誌「セル」に発表された論文は、驚くべき事実を明らかにした。現代のアフリカ人が持つネアンデルタール人由来のDNAは、従来考えられていたよりも多いことがわかったのだ。さらに、ヨーロッパ人が持つネアンデルタール人由来のDNAも、これまで考えられていたより多いことが明らかになった。
論文著者である米プリンストン大学の遺伝学者ジョシュア・エイキー氏は当初、結果を信じられなかった。「そんなはずはないと思ったのです」と氏は振り返る。しかし、1年半にわたる厳密な検証の末、氏らは自分たちの正しさを確信するようになった。
再びアフリカに戻った現生人類
研究の結果、アフリカ人のゲノムのうち約1700万塩基対は、ネアンデルタール人に由来することが明らかになった。しかもその一部は、ネアンデルタール人が直接アフリカに渡ったというよりも、ヨーロッパからアフリカに戻って来た現生人類がもたらしたようだ。
現生人類の初期の移動については、「アフリカを出たら二度と戻らなかったという説があります」とエイキー氏は言う。しかし今回の結果や近年の研究からは、その説が正しくなかったことが浮き彫りになる。「橋は一方通行ではなかったのです」
「パズルのすき間を埋める非常に良いピースです」とドイツのマックス・プランク進化人類学研究所の計算生物学者ジャネット・ケルソー氏は話す。「きわめて複雑な全体像が見えてきました。遺伝子の流れは1つではなく、人類の移動も1回きりではありません。数多くの接触があったのです」
しかし、人類の起源の複雑さを解明するには、その曲がりくねった道を解きほぐす手法を開発しなければならない。