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米国ニューヨーク市のタイムズスクエアを見下ろす広告板。自分らしい美しさを表現した写真をインスタグラムに投稿するキャンペーンや、肌の色や出身国など多様なモデルを起用することで、幅広い顧客に向けてシェア拡大を狙った広告もある。PHOTOGRAPH BY HANNAH REYES MORALES

 昔から欧米における美女の条件は、ほっそりとした体形ながら、豊かな胸と細いウエストをもち、顎のラインがきれいで、頬骨は高くてシャープ、鼻はすっきり、瞳はつぶらで明るく、理想的には青か緑色、髪は流れるように豊かで、できればブロンドといったものだった。目鼻立ちは左右対称であることが望ましく、若さが求められたのは言うまでもない。

 女優のカトリーヌ・ドヌーブや、女優からモナコ公妃となったグレース・ケリーは理想に最も近い。この完璧な美から離れるにつれて変わり種扱いされ、あまりにもかけ離れると魅力に欠けるとされた。肌が黒いか浅黒い女性、太った女性、高齢の女性などは、一般的な基準では、相手にされないような存在だった。

 だが肥満率が高まるにつれ、現実とファンタジーの乖離が広がっていった。どう頑張ってもファンタジーに手が届きそうもないことに、人々はしびれを切らし始めたのだ。太ったブロガーたちは、「やせなさい」と忠告したり、「着やせして見える」着こなしを教えたりするアドバイザーに、余計なお世話だと反旗を翻した。彼女たちは美しいと言われたがっていたのではない。太っていてもファッションを楽しんでいいし、楽しみたいと主張しただけなのだ。こうして美しさと自己肯定感は、切っても切れないものになった。

波紋を呼んだキャンペーン広告

 アパレルブランドの「ユニバーサル・スタンダード」が、米国サイズで24という超特大サイズを着る女性を起用し、少し前に広告キャンペーンを打った。その広告の写真では、モデルは体にぴったりフィットする下着を着け、白のソックスをはいてポーズをとっている。味も素っ気もない照明の下で、少し縮れた髪や、皮下脂肪の塊でぼこぼこした太ももがはっきり見える。オーラもなく、女性たちの憧れをかき立てる要素もない。現実にいる女性を誇張させたような興ざめな姿は、人気下着ブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」の華やかで、きらびやかなモデルたちとは正反対だ。

 既存の美の概念は、音を立てて崩れ去ろうとしている。今ではこれが普通だと言われても、ユニバーサル・スタンダードの広告の写真が衝撃的なことに変わりはない。醜悪だとすら言う人もいるだろう。

 多様な在り方を尊重し、平凡な容姿のモデルが求められる一方で、この女性が美しいとされることに当惑する人も大勢いる。彼らは体重90キロのモデルを見て、彼女が自信たっぷりなことを認めた上で、「こんなに太っていたら、体に悪いのではないか」とつぶやく。そうすることで、肥満女性も美しいという考えに、やんわりと異を唱えているのだ。

 しかし実は、ユニバーサル・スタンダードのこのモデルが、ヴィクトリアズ・シークレットのモデルたちと同じように下着姿で脚光を浴びること自体が、こうした社会に対する抗議のメッセージにほかならない。そこに込められているのは、太っていてもモデルになりたいという主張ではなく、否定的な評価なしに、自分の体を受け入れてほしいという思いだ。

※ナショナル ジオグラフィック2月号「多様になる美しさ」では、ソーシャルメディアの普及などを背景に、大きく変わりつつある美の定義について考えます。

エッセイ=ロビン・ギバン/ジャーナリスト