アザラシが助けてくれた、水中写真家の危機一髪

タテゴトアザラシと泳げる唯一の海で本当に起きたこと、カナダ

2020.01.12
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タテゴトアザラシは氷の上で生まれる。子どもが生きるためには安定した氷が必要だが、セントローレンス湾の海氷量は年々、予測が困難になっている(PHOTOGRAPH BY JENNIFER HAYES)

 海氷の上を歩いていると、下に海が広がっていることを忘れてしまう。ありえないほど青い空、まぶしい陽の光をはね返す新雪の毛布、チェロのようにうなる風、見渡すかぎりの白。この凍てついた世界には余計なものが一つもない。

 ようこそ、タテゴトアザラシの繁殖地へ。ここはカナダ、ケベック州のセントローレンス湾内に浮かぶマドレーヌ諸島(マグダレン諸島)の沖だ。大西洋の北西部に2カ所あるタテゴトアザラシの繁殖地の1つであり、ナショナル ジオグラフィックが選ぶ「2020年に旅したい場所」の1つでもある。(参考記事:「ギャラリー:2020年に行きたい世界の旅先25」

 タテゴトアザラシのおとなは北極地方からやって来て、妊娠中のメスは出産に適した氷を探す。子どもを安全に産み育てるには安定した氷が必要なのだ。赤ちゃんは2月末から3月初旬に氷の上で生まれ、12〜15日間の授乳期間を経て、ひとり立ちする。タテゴトアザラシの子どもは、黒曜石のような瞳と、チャコールグレーの鼻と、雲のように柔らかい毛皮をもつ、地球上で最も魅力的な生き物の1つだ。(参考記事:「動物大図鑑 タテゴトアザラシ」

ギャラリー:地球一かわいい!?タテゴトアザラシの赤ちゃん 写真14点
カナダ・ケベック州、セントローレンス湾内に浮かぶマドレーヌ諸島は、北西大西洋に2カ所あるタテゴトアザラシの繁殖地の1つだ。(PHOTOGRAPH BY JENNIFER HAYES)

 遠くから子アザラシの合唱が聞こえると、私はしばし手を止めて、その鳴き声に聞き入る。短いけれど、貴重な時間だ。それからカメラを取り出す。目の前の盛り上がった雪の中に、わずかに動くものがある。ゆっくりと、ぎこちなく動く小さなヒレだ。1頭の子アザラシが、体温と身動きで掘られた小さな雪洞の中に収まって、風から身を守っている。体が黄色っぽいのは、まだ羊水の色が残っているからだ。あお向けになると、ピンク色の胎盤が見える。

 私は適度に離れた場所を選んで雪の中にひざまずき、“2019年3月8日”と日付を記録して、母アザラシの帰りを待った。やがて水音と短い鼻息が聞こえ、近くの氷の穴から大きな黒い目とヒゲのある顔が出てきた。母親は周囲の様子をうかがってから、かぎ爪を使って氷の上によじ乗り、子アザラシに近づいていく。2頭は鼻先を合わせて親子関係を確認する。あなたは私の子? あなたはお母さん? それから母アザラシは私の方を振り返って検分し、脅威ではないと判断すると、横たわって目を閉じ、授乳をはじめた。

ギャラリー:地球一かわいい!?タテゴトアザラシの赤ちゃん 写真14点
生まれたばかりのタテゴトアザラシの赤ちゃん。体が黄色っぽいのは羊水の名残。ピンク色の胎盤も見える。(PHOTOGRAPH BY JENNIFER HAYES)

次ページ:いくつもの脅威と不思議な出会い

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