エルサレムの発掘が盛んに、背景に政治的意図

聖地の地下で何が起きているのか

2019.11.29
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古代の採石場だった「ゼデキヤの洞窟」。現在ではライブ会場としても利用されている。伝説によると、紀元前6世紀にユダのゼデキヤ王がこの洞窟を通って逃げ、ソロモン王が第一神殿の建設にここの石灰岩を使ったという。PHOTOGRAPH BY SIMON NORFOLK

 考古学の発掘調査をすると暴動を招いてしまう土地は、世界広しといえども、エルサレムくらいのものだろう。暴動ばかりか、地域紛争にさえ発展しかねず、国際社会の安定まで脅かしている。

 1996年、イスラエル当局がかつてのユダヤ教の神殿の西壁に沿って続くトンネルの出口を、旧市街のイスラム教徒地区に設けた。すると、激しい抗議運動が起き、約120人の死者が出た。

 これをきっかけに、ユダヤ教徒がハル・ハバイト(神殿の丘)、イスラム教徒がハラム・アッシャリーフ(高貴な聖域)と呼ぶ、聖なる高台の地下にある遺跡の管理権をめぐって論争が巻き起こった。この対立は、1993年のパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)を事実上破綻させる一因ともなった。

「エルサレムにおける考古学調査は研究者だけでなく、政治家や一般の人々にも関わってくるだけに、非常に神経を使います」。イスラエル考古学庁(IAA)エルサレム事務所のユバル・バルフ所長もそう認める。今やエルサレムは年間100件前後の発掘調査が実施される、世界有数の活発な発掘地となっている。

考古学がいつしか政治学に

 パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長はこうした発掘事業に異を唱える。エルサレムの地下には1400年の歴史を伝えるイスラム教の遺跡が眠っているが、IAAはそれを圧倒するユダヤ教の遺跡を掘り起こそうとしている、というのだ。エルサレムのイスラム教の聖地を管理する宗教財団「エルサレム・イスラム・ワクフ」(通称ワクフ)のイスラム考古学部門を率いるユスフ・ナシュハも、「ここでは、考古学はただ単に科学知識を求める学問というより、政治学と化しています」と話す。

 IAAのバルフはこれに対し、発掘調査は公平に進められていると力説する。カナン人の時代であれ、十字軍の時代であれ、どの時代も研究対象として等しく価値をもつ、というのだ。イスラエルの考古学者が世界でも最高レベルの専門的な訓練を受けていることは疑う余地がない。と同時に、パレスチナとイスラエルの紛争で、考古学が政治的な武器として利用されていることもまた事実だ。イスラエル当局はエルサレム市内とその周辺の発掘調査の認可権限をもつため、パレスチナ側に対して優位な立場にある。

※ナショナル ジオグラフィック12月号「エルサレム 地下の迷宮へ」では、地下に眠る貴重な遺跡を巡り、その発掘調査が論争の的になっているエルサレムをレポートします。

文=アンドリュー・ロウラー/ジャーナリスト

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