壁崩壊から30年、今も進化するベルリンを旅しよう

緑豊かでアートが花開く街ベルリン、7つの旅のテーマを紹介

2019.11.18
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1800年代半ばに造られたラントヴェーア運河が、ベルリン中心部を流れる。(PHOTOGRAPH BY PABLO CASTAGNOLA, ANZENBERGER/REDUX)
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 1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊した原因の一つは、旅行の許可に関する新たな規定が発表されたことだった。共産主義の東ベルリンで高まる民主化運動に対し、政府は国境規制の一部を緩和することで応じた。この変更は、人の移動にごくわずかな影響しか与えないはずだった。

 しかし記者会見で、これを誤って国境の開放だと伝えた。市民たちは大挙して壁に押し寄せ、圧倒された警備隊は、最終的に検問所を開かざるを得なくなった。あとはご存知の通りだ。(参考記事:「冷戦の残り物、壁崩壊から25年」

 それから30年で、ベルリンは世界でも指折りの魅力的な街へと進化を遂げた。抑圧から放たれた何でもありの創造性が花開いている。さらに最近では、ベルリンは100万人を超す亡命希望者を受け入れる動きを引っ張り、パワーを保ったまま成長を続けている。(参考記事:「欧州の新しい顔」

「ニューヨークのような場所とベルリンとの違いを表現するとしたら、ニューヨークは安定していて、ベルリンは沸き返っているという感じです」と語るのは、写真家のハラルド・ハウスヴァルト氏だ。同氏は1989年11月の東ベルリンで、ハンマーを手にして壁に集まった住民たちを撮影。1つの国家が崩壊していく瞬間を写真に残した。

「ベルリンは今もなお、終わりなき新興都市です」とハウスヴァルト氏は話す。「それがこの街の美しさの理由です」。そんなドイツの首都を旅する7つのテーマを紹介しよう。

冷戦時代にタイムトラベル

 ベルリンに残る冷戦時代の“亡霊”と出会える場所として最も有名で人気があるのは、かつてのベルリンの壁が壁画で埋め尽くされたイーストサイドギャラリーだ。この壁が家族や街、東西の世界をどれほど強く引き裂いていたのかを知るためには、約1.5キロにわたって続くベルリン・ウォール・メモリアルの屋外展示に足を向けよう。東ベルリンからの脱出用トンネルの位置が示され、当時「デス・ストリップ」と呼ばれた無人地帯には、脱走者を射殺した監視塔が今も残る。(参考記事:「ベルリンとアテネ 二つの欧州」

イーストサイドギャラリーの壁画の前で自撮りする観光客。かつてのベルリンの壁の一部は、今は壁画で彩られている。(PHOTOGRAPH BY JANA CAVOJSKA, SOPA IMAGES/LIGHTROCKET VIA GETTY IMAGES)
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次ページ:プロイセン時代の宮殿を訪れる

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