2004年に米アラスカ州で、アザラシジステンパーウイルス(PDV)に感染しているラッコが発見されたとき、科学者たちは困惑した。(参考記事:「ラッコが道具を使う謎、考古学の手法で迫る」)
PDVは麻疹(はしか)ウイルスと同じモルビリウイルス属の病原体だ。だが、PDVに感染した動物は当時、ヨーロッパと北米大陸の東岸でしか見つかっておらず、西岸のアラスカでは確認されていなかった。
「大西洋のウイルスがどのようにして(太平洋側である)アラスカのラッコに感染したのか、わかりませんでした。ラッコの生息域は広くないからです」と、病原体が海の生態系を移動する仕組みを調べている米カリフォルニア大学デービス校のトレーシー・ゴールドスタイン氏は振り返る。
そこで、氏の研究チームが2001〜2016年の15年分のデータを使って分析したところ、PDV感染の拡大と北極海の海氷の減少との間に、相関関係があるという論文が11月7日付けの学術誌「Scientific Reports」に発表された。北極海の海氷が解けた結果、PDVに感染した動物が北極海を移動できるようになり、北太平洋にまでウイルスが持ち込まれた可能性があるという。気候変動が、病気の新たな感染経路を生むおそれがあることを示す研究結果だ。(参考記事:「脳に入る寄生虫が温暖化で北上、ナメクジに注意」)
ヨーロッパから北米へ
PDVは1988年に初めて検出された。このときヨーロッパ北部で約1万8000頭のアザラシやアシカが死に、その多くはゼニガタアザラシだった。同様の流行は2002年にも発生している。
PDVがどこで生じたかは不明だ。最初に北極地方で発生したことを示唆する研究もあるが、別の種類のジステンパーウイルスは多くの動物で見つかっている。ペットの犬は世界各地で、定期的に犬ジステンパーの予防接種を受けている。
アザラシジステンパーでは、犬の場合と同様、呼吸困難、鼻水、目やに、発熱などの症状が出る。海洋哺乳類の場合は泳ぐのが困難になる。(参考記事:「イヌの病気がトラに感染、異常行動も」)
PDVは、感染した動物またはその排泄物に触れることで広がる。
「このウイルスは、海洋哺乳類の間で非常に容易に広がることがわかっています」と米カリフォルニア州にある海洋哺乳類センターの獣医学部門長ショーン・ジョンソン氏は言う。