ひと味ちがうプラハの旅 天文の歴史に触れる

ケプラーやティコ・ブラーエが活躍、宇宙の神秘を解き明かした天文学の聖地

2020.01.02
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プラハ旧市街広場の天文時計。時計よりもアストロラーベ(天体観測器具)に近い。(PHOTOGRAPH BY GUY VANDERELST, GETTY IMAGES)
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 チェコ共和国の首都、プラハは星の都だ。プラハの天文学と占星術は、17世紀までさかのぼる歴史をもつ。当時、この2つの境界は曖昧なものだった。芸術と科学の擁護者だった神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ2世のもと、プラハは天文学者、錬金術師、哲学者にとってのあこがれの場所だった。(参考記事:「ギャラリー:中世貴族も旅したヨーロッパの美しい街 25選」

 ヨハネス・ケプラーもプラハにあこがれた1人だ。ケプラーは有能な数学教師だったが、カトリック信徒ではなかったため、1600年にオーストリアを追放され、天文学者ティコ・ブラーエの助手としてプラハにやってきた(天文台からそう遠くない場所に、2人の銅像が残されている)。ケプラーが住んでいたのは、カレル橋のすぐそば、カレル通り4番地の小さなアパートだ。副業として、神秘主義思想を持つ皇帝のために占星術も行っていた。(参考記事:「さよならケプラー宇宙望遠鏡、大量の惑星を発見」

 ケプラーの著書『宇宙の調和』が出版されたのは、いまからちょうど400年前の1619年。惑星の運動についての研究を発展させたものだ。惑星の運動といえば、やがてケプラーは、惑星が円軌道ではなく楕円軌道で太陽を周回していることを解明することになる。(参考記事:「地球と太陽の距離は暑さと関係する?」

 サウンドセラピストでもある私にとっては、この本が持つ意味はそれだけではない。この本から生まれたのが「天球の音楽」、あるいは「調和の法則」という考え方だ(ケプラーは、「地球はミ・ファ・ミと歌っている」と書いている)。ケプラーが多大な時間をかけて『宇宙の調和』につながる理論をまとめたのがプラハだと聞いたとき、何としても行ってみたいと思った。(参考記事:「太陽系外の恒星を回る4惑星、貴重な動画が公開」

神聖ローマ帝国の皇帝カール4世は、数霊術を踏まえて有名なカレル橋を建設した。(PHOTOGRAPH BY BUENA VISTA IMAGES, GETTY IMAGES)
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 現在のプラハに並び立つ建築物は雑然としていて、最初はプラハの本質的な姿とは結びつかなかった。ガイドのレンカはこう説明する。「プラハはヨーロッパの中心で、ものすごいエネルギーに満ちあふれています。感受性が豊かな人は、それに気づきます」。言い換えるなら、現在の観光客は気づいていないかもしれないが、彼らはかつての哲学者たちと同じ力に引き寄せられているのだ。

 たとえば、プラハでも特に観光客が多いと言われるカレル橋。カール4世(この皇帝も神秘主義者だった)は、1357年7月9日午前5時31分ちょうどに最初の石を設置して建設を始めるよう命じた。この時間は、135797531という奇数がきれいにならんだ縁起のいい回文(前から呼んでも後から呼んでも同じ文)となっている(チェコでは、日付を月日の順ではなく、日月の順に書くために「135797531」となる)。

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