やることは単純だった。電池を交換するだけだ。
だが、その電池があるのは、アメリカクロクマに着けられた首輪の発信器だった。場所は米ユタ州、ブライスキャニオン国立公園。私をこの「ちょっとした冒険」に誘ったのは、米ブリガムヤング大学の野生生物学者ウェス・ラーソンだ。彼は、人里離れたキャンプ場付近で人とクマの衝突を減らす方法を模索している。私たちは、冬眠中のクマに麻酔を打つ手はずだった。(参考記事:「動物大図鑑 アメリカクロクマ」)
晴れて冷え込んだ2月のある日のこと。ウェス、兄弟のジェフ、助手のジョーダン、そして私は、クマの首輪から送られるGPSの座標を追っていた。急坂を登り、赤色土の峡谷に入ると、辺りは背の高い茂みと、降ったばかりの雪に覆われていた。GPSの座標を目指し、小山の急な山腹を登った。巣穴の入り口を探そうとして雪をつつくころには、気温はマイナス10℃を下回っていた。
GPSの信号のおかげで、いくつかの巣穴に行き着いたが、いずれも空だった。日が沈むころになり、私たちはもう引き上げようかと考えていた。
その時、雪の覆いが崩れ、砂岩の洞窟が現れた。入り口の先は狭く暗いトンネルになっており、ジャコウのような野生動物のにおいが中から漂っていた。
トンネルは人1人が中で何とか方向転換できるくらいの幅で、左に曲がっている。奥に何がいるのか、入り口からは見えない。ウェスはためらわなかった。先端に麻酔の注射器具を付けた、伸縮できる1.8メートルの棒を手に、真っ先に中に入った。ジェフがはいつくばって後に続いた。
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