大虐殺後に女性躍進、ルワンダで何が起きたのか

世界で最も女性国会議員の比率が高い国に。しかし背景には複雑な事情

2019.10.31
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2003年以降、ルワンダの憲法では国会議席数の3割以上を女性に割り当てるよう定めている。現在、女性議員は49人で全体の61%を占める(ここに写っているのはそのうちの33人)。女性議員の比率は世界最高だ。PHOTOGRAPH BY YAGAZIE EMEZI

 1994年に約100日間続いたその大虐殺の引き金となったのは、ある飛行機の墜落事故だった。ルワンダ大統領だったジュベナール・ハビャリマナとブルンジ大統領だったシプリアン・ンタリャミラを乗せた飛行機が撃墜され、二人とも死亡したのだ。

 ハビャリマナ大統領はルワンダの人口の約85%を占める民族フツの出身だった。フツの過激派は、飛行機を撃墜したのは少数派民族ツチだと非難し、以前から緊張状態にあった両民族の間で壮絶な殺し合いに発展した。この大虐殺で、100万人近いツチと、数千人のフツが命を落としたとされている。性暴力の被害者となった女性は少なくとも25万人、孤児となった子どもは9万5000人を超すといわれる。紛争が終わったとき、およそ600万人が生き残ったが、その大半は女性だった。

 紛争の後、人口の8割を占めていた女性たちは、必要性と現実に迫られ、国の指導部に生まれた空席を埋めていくことになる。そして、女性のためのNGOの支援を受け、世界で最も女性に配慮した政策が策定されていった。

世界で最も女性国会議員の比率が高い国

 1999年には、相続に関する長年の因習を覆した。遺言がなくても女性の相続が認められるようになり、かつては兄や弟に相続権を独占されていた地方の女性たちも、地主になれるようになった。また、女性も土地を担保に融資を受けられるようになった。教育面でも待遇が改善され、大学に進学する女子が増加。従来は男性の領域となっていた分野にも女性が参入できるよう、奨励策が設けられた。

 こうしてルワンダは、2003年以来ずっと、世界で最も女性国会議員の比率が高い国となっている(現在は下院の約6割が女性)。また、7人の最高裁判事のうち、副裁判長を含む4人が女性だ。

 大虐殺の後にルワンダで起こった変化の大部分は、大勢の男性が死亡した結果もたらされたものだ。ルワンダの女性たちは今の権利を自ら闘って手に入れたわけではない。それは法改正によって得られたものであり、改革の効果は社会全体に広がっていくことが期待されている。

 2018年に国会議員に初当選したエマ・フラハ・ルバグミヤは、この国と女性たちがここまで来られたことを誇りに思う一方で、ルワンダがこれから目指すべき未来を見据えている。「枠組みはできています。政策も、法律も、それを執行する仕組みもあります。長い道のりでしたが、素晴らしい成果を上げてきました。でも、もっと先に進まなければなりません。男女間の不均衡が完全になくなる、その日まで」

※ナショナル ジオグラフィック11月号「新しいルワンダをつくる女性たち」では、大虐殺後に生き残った女性たちが奮闘したことで、大きく変化したルワンダの今を紹介します。

文=ラニア・アブゼイド/ジャーナリスト

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