1879年9月。米国の北極探検船ジャネット号は、ベーリング海峡の北の北極海を航海中、海氷に囲まれて身動きが取れなくなった。33人の乗組員は海に閉じ込められたまま、船が沈むまでの約2年間は必死で生き延びた。だが、とうとう船が沈没すると、文明社会に戻るため危険な旅に出ることを余儀なくされ、20人が亡くなった。(参考記事:「北極探検 二つの物語」)
漂流中、彼らは天気、つまり風、雲、気圧、気温を定期的に観測し、書き留めていた。ジャネット号の航海日誌は、技師長ジョージ・メルビルをはじめ、なんとか生き残った13人の乗組員とともに、米国への帰還を果たした。当時の北極の気象をこれほど詳細に記録したものはほかにない。
140年を経た今、この記録は、地球の気象と気候の歴史を詳細に復元するのに役立っている。
気象タイムマシンを構築
19〜20世紀の北極航海で残された気象観測記録をデジタルデータ化する「北極古気象」プロジェクトが、市民科学者らによって行われている。ジャネット号の航海日誌データは、その一環で真っ先に抽出された。(参考記事:「関東の雪に“楽しく”備える「#関東雪結晶 プロジェクト」」)
このようにデータ化された記録は、米海洋大気局(NOAA)が開発した「20世紀再分析」(20CR)データベースに続々と追加されている。20CRは過去の気象を復元するためのデータベースで、科学者らはこれを用いて過去の異常気象を調べたり、さらには現在の気候を理解する手がかりにできる。
2019年10月、20CRの大規模なアップデートが行われ、古い航海日誌や世界中の気象観測所から集められた膨大な観測データが追加された。これにより、地球各地の過去の天候を、1836年まで遡って3時間単位で推測できるようになった。いわば「気象タイムマシン」だ。
「世界中のどこでも、どのような天気だったかを3時間単位で推測できます」と、米コロラド大学ボルダー校環境科学共同研究所(CIRES)およびNOAA地球システム研究所(ESRL)の研究員ローラ・スリビンスキ氏は言う。「ほかではできないことです」