南アフリカ共和国の大都市ケープタウンに「ボカープ」と呼ばれる地区がある。カラフルな外壁の家が立ち並び、東南アジアやインド、アフリカにルーツのある人々が混ざって暮らしていることで知られる。
2019年9月24日の朝、明るいピンク色の家に住むシャミエラ・サモディエンさんは入念にシュークリームを仕上げ、リンゴのタルトを焼き、ティータイムに向けてテーブルの用意をした。午後には大切なお客が到着する。英国のヘンリー王子とメーガン妃だ。(参考記事:「アフリカ最南端の有名「プリン」とは?」)
この日は、南アフリカでは「伝統文化継承の日」という祝日。だが今年のボカープ地区では、様子が違っていた。5月にこの地区が、南アフリカの遺産地域に正式に指定されたからだ。つまり、歴史的な地域として保護され、新しく建物を建てる場合は、地区の様式と美観を反映することが求められる。
ヘンリー王子とメーガン妃は、18世紀の建物が並ぶ通りを散策し、ボカープの多様な歴史に触れた。南アフリカ最古のモスクであるオウワル・モスクを見学し、シャミエラ・サモディエンさんらとお茶を共にした。英王室で初めて多文化を背景とする夫妻の訪問は、数十年前から保存を訴えてきたボカープにとって、貴重な出来事となった。
だが、今も地区の住民たちは難しい闘いの中にある。
ボカープの複雑な歴史
ボカープは、ケープタウンで最も古い住宅街だ。丘へ向かう坂に沿って、緑、ピンク、青色に塗られた1~2階建ての家が優雅に並ぶ景観がよく知られている。
1700年代に人が住み始め、間もなく移民や貧しい労働者、そしてインドネシア、マレーシア、マダガスカル、モザンビークなどから来た解放奴隷たちが集まる土地になった。アパルトヘイトの時代、非白人の強制移住が進められた中で、ボカープは市中心部で唯一の非白人地区であり続けた。(参考記事:「史上最強の企業、英国東インド会社の恐るべき歴史」)
オスマン・シャボディエンさんは、「ボカープ市民・地方税納付者協会」(市民協会)の会長として、地区の保存を訴えることに力を注いできた。シャボディエンさんによると、かつて地区の保存について話し合いたいと思えば、窓際に見張りを置かなければならなかったという。アパルトヘイト下では、そのような集まりに参加すれば投獄される恐れがあったからだ。