だが地球とは違い、火星の場合は不幸にもおよそ40億年前に外核の対流が動きを止め、磁場が崩壊した。わずかに残った弱い磁場では強力な太陽風を防げず、やがて火星の大気は宇宙空間へと流れ出る。それとともに、生命を宿せる水の豊富な世界が、冷たい砂漠に変わってしまった。(参考記事:「火星の重力マップ公開、驚きの新事実が明るみに」)
地球と火星、このふたつの惑星がなぜまったく違った運命を歩むようになったかを解明するには、火星に残されたわずかな磁場をできるだけ正確に計測する必要がある。しかし、周回軌道からでは遠すぎて難しい。
米コロラド大学、大気宇宙物理学研究所のデイブ・ブライン氏は、次のように説明する。遠くから人の群れを撮影しようとする。ほとんどが赤いシャツを着ているなかで、ほんの一握りの人が青いシャツを着ていても、遠くのカメラがとらえられるのはほぼ赤色だけである。だが、同じカメラをもっと近づけると、青いシャツも見えてくる。
「磁場の計測に関しても同様です。近くなればなるほど細かい構造がはっきり見えるようになります」とブライン氏。なお氏は今回の研究には参加していない。
怪奇!?真夜中のミステリー
そこで、初めて火星の表面で地殻磁場を計測したのが、インサイトの磁気探知器だった。これまでで最も鮮明なその計測結果は、驚きの事実をもたらした。探知器付近の磁場が、マーズ・グローバル・サーベイヤーによる過去の観測から推測されていた数値より、20倍も強かったのだ。
インサイトのデータに詳しいブライン氏によると、この強く安定した磁気は、インサイトの近くにある岩石から発せられていたという。だが、それが地下深くなのか、地表付近なのかは不明だ。
米ノースカロライナ州立大学の惑星地質学者ポール・バーン氏は、その点をはっきりさせることが重要だと主張する。もし地表付近にある若い岩石から発せられているのであれば、これまで考えられていたよりも最近まで火星が強い磁場で覆われていた証拠となるためだ。バーン氏も、この研究には参加していない。
さらに不思議なことに、インサイト付近では地殻磁場が時折軽く振動するという。米カリフォルニア大学バークレー校の宇宙物理学者で、インサイト科学チームの一員であるマシュー・フィリンギム氏によると、これは磁気脈動と呼ばれる現象だ。
磁気脈動自体は、特に珍しい現象ではない。磁場の強さや向きの変化によるもので、地球でも火星でも、大気圏上層部の混乱や、太陽風の動き、惑星を取り巻く磁場のねじれなどが原因でよく起こる。
火星の振動が奇妙なのは、それが火星時間のちょうど真夜中に起こることだ。まるで、目に見えない夜のタイマーに反応しているかのように。
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