極寒の原野でホッキョクオオカミと対峙した

肉食動物の一団が自分を見つめていた。鼓動が速まり、体が震えた

2019.09.05
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特集フォトギャラリー5点(画像クリックでリンクします)
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オオカミの群れに襲われる若いジャコウウシ。攻撃をかわそうとするが、20分後に仕留められた。生後1年ほどのオオカミは、子どもや年寄り、病気のジャコウウシを狙って狩りの仕方を学んでいく。飢えていると、まだ息がある獲物を貪り始めることもある。PHOTOGRAPH BY RONAN DONOVAN

 ホッキョクオオカミ(Canis lupus arctos)が青白い湖の上ではしゃぐ光景は幻想的だった。夢中で直径7センチほどの氷を追う幼い4頭を、年上の3頭が押し倒し、池のほとりの草むらに追いやる。

 このツンドラで聞こえるものといえば、オオカミたちの吠え声と、彼らの爪と氷がぶつかる音だけだ。やがて氷のかけらが草の茂みに滑り込むと、体の一番大きな子が追いかけ、粉々にかみ砕いた。群れのメンバーは、その荒々しいしぐさに驚いたように立ち止まって首をかしげ、氷をかみ砕く様子を眺めていたが、やがて次々と顔の向きを変え、こちらを見た。

 私は言葉ではうまく言い表せない感覚に包まれた。肉食動物の一団が自分を見つめているのだ。鼓動が速まり、体が震えた。ほんの数分前までじゃれ合っていたとしても、彼らは野生のオオカミなのだ。その白い毛皮は、獲物のジャコウウシの血に染まり黒ずんでいた。私よりも何倍も大きなジャコウウシだ。

 オオカミたちはじっと私を見つめ、耳の動きや尻尾の位置で意思を伝え合っていた。やがて彼らは意を決し、こちらに近づいてきた。

ホッキョクオオカミが誘う別世界

 こんな体験ができる場所は、世界中のどこにもないだろう。ドキュメンタリー映画の撮影隊に同行して、カナダ北極圏の北端にあるエルズミア島までやって来た理由はそれだ。この極寒の原野に人間が訪れることはほぼない。島の西岸にある測候所「ユーレカ」には8人ほどのスタッフが常駐しているが、そこ以外で一番近い集落は、人口129人のグリス・フィヨルドで、約400キロ南にある。一番近くに自生する木は、この村から1600キロも離れている。

 こうした環境のおかげで、エルズミア島のホッキョクオオカミは、より南に生息するハイイロオオカミ(Canis lupus)のように狩猟や開発、駆除などによって脅かされることなく暮らしてきた。

 とはいえ、エルズミア島のオオカミは一度も人間を目にしたことがないわけではない。オオカミの研究で有名なL・デビッド・メックは、1986年から25年間、この土地で夏を過ごし、オオカミを観察した。測候所のスタッフもよくオオカミを見かけているし、大きな群れが測候所の敷地内をうろつくこともあるという。撮影隊の仲間は、四輪バギーに乗ってオオカミたちの動きを追っている。

 エルズミア島のオオカミと、米国のアイダホ州やモンタナ州など人間と接触する機会が多い地域に暮らすオオカミとは、単なる生息地の隔たり以上の違いがある。北極圏のオオカミは、人間によって絶滅のふちに追いやられたことがない。人間とは無縁の状態で暮らしていて、必ずしも人を恐れない。ホッキョクオオカミと出合うことは、無防備になり、別世界に入るようなものなのだ。

※ナショナル ジオグラフィック9月号「オオカミと過ごした濃密な時間」では、筆者がカナダ北極圏を訪れ、ホッキョクオオカミの群れとともに30時間を過ごした体験を綴ります。

文=ニール・シェイ/ジャーナリスト

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