炭を散布、ジェルで吸収
黒色炭素(ブラックカーボン)、いわゆる炭を使って風を治めようというアイデアもあった。
黒色炭素は太陽のエネルギーを吸収して大気へ放出し、気温を上昇させる。熱帯低気圧が専門の気象学者ウィリアム・グレイ氏は、ジェット機で下層大気へ炭を散布すると、海の上の気温を上昇させ、海水の蒸発を促し、雷雨が形成されると考えた。ストームフューリー計画と似ていて、この雷雨を正しい場所に発生させることができれば、ハリケーンの目の壁雲を弱めることができるとグレイ氏は考えた。
あるいは、雲の形成を促すのではなく、ハリケーンの雲の水分を搾り取るという作戦を検討した人もいた。2001年、起業家のピーター・コルダニ氏は、ダイノジェルという吸収性の高い粉末を雲の中に散布して雲をレーダーから消し去ることに成功したと報じられ、話題になった。ダイノジェルは触れた水分を吸収して粘性のジェル状物質に変化する。コルダニ氏の会社では、紙おむつ用にダイノジェルを製造しており、いつの日かハリケーンを干上がらせるために使えないかと期待していた。
しかしウィロウビー氏によると、ハリケーン研究部はコルダニ氏のアイデアが理論的に信頼に足るとは判断できなかったという。たとえ効果があったとしても、ハリケーンほどの大きさになると膨大な量のダイノジェルが必要だ。同じことは、炭にも言える。どちらのアイデアも実際にハリケーンで実験されなかったのは、そのためだろう。(参考記事:「温暖化で大規模な嵐の発生数が7倍に」)
海を冷やしてみたら?
上空からハリケーンを破壊できなければ、海に手を加えられないだろうか。熱帯低気圧は暖かい海水からエネルギーを得ているため、多くの科学者や(ビル・ゲイツ氏を含む)投資家は、海面を冷やしてハリケーンの勢力を弱めてはどうかと提案した。(参考記事:「ハリケーン、地球の巨大エネルギー」)
2011年、ある科学者のチームが、波を利用して海水を循環させるポンプを大量に設置するのに、どれほど費用がかかるのかを計算してみた。マイアミの海で、ポンプと長い管を使い、深海の冷たい水を海面近くまで引き上げるというのだ。こうして海面の水温を1~1.5度引き下げるには、年間9億~15億ドルがかかるとの計算結果が出た。研究チームが作成したモデルによると、このシステムを適切な場所に設置すれば、強いハリケーンが上陸する前に勢力をかなり弱められるという。
「原理上はうまくいくと思います」と、論文執筆者のひとりでマサチューセッツ工科大学気象学教授のケリー・エマニュエル氏は語る。だが、費用が問題だ。「家の窓に打ち付ける板を人々に配布したほうが安上がりです」
もっと突拍子もない提案が、しばしばハリケーン研究部に寄せられる。北極と南極にある氷山を熱帯の海まで運べないかというのだ。海水温を少しでも下げるのにどれほど膨大な量の氷山が必要かは言うまでもないが、もっと基本的な問題がある。
「熱帯にたどり着くよりもはるか前に、氷山は解けてしまいますよ」と、クロッツバック氏は言う。