人類は移動する 大きなうねりをインドで見た

シリーズ企画『人類の旅路を歩く』の第8回

2019.07.26
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エチオピア (2013年)祖先と同じ道を行く
人類拡散の足跡をたどる 旅の2日目を迎えたポール・サロペック(左)とガイドのアフマド・エレマ。 ここヘルト・ブーリは、最古級の現生人類の骨が発掘された場所だ。PHOTOGRAPH BY JOHN STANMEYER

 人類が世界を発見していった道のりを、自分の目で見て確かめ、伝えたいと思い、現生人類の最古級の化石が出土したエチオピア北部のヘルト・ブーリを出発してから7年近くがたった。私が歩いた距離は、1万6000キロを超え、今はインドを横断している。

「英語の練習をしていいですか?」

 私はインドの穀倉地帯パンジャブ州の裏通りで、10代の少年少女たちに声をかけられた。彼らは「あなたは誰ですか?」「どこから来ましたか?」など英単語や構文を口にしながら小走りでついて来て、息を切らす。子どもたちは「国際英語検定システム」の試験を受けなくてはならない。ニュージーランド、オーストラリア、英国、カナダ、米国のビザを取得するには、この試験で好成績をとることが不可欠だ。

 一面に広がる畑の中にぽつりとあるこの町ファリードコートには、100校ほどの民間英語学校があり、何万人という若者たちが祖国を捨てる準備に励んでいる。パンジャブ州では、次の世代が開拓できる農地はもうないため、成績の良い子は国境を越えて働き口を探す。

「金がなければ、ここに残るしかありません」と、英語学校の経営者グラビ・シングは言う。国外へ移住するための平均費用は約154万円。これはインドの平均所得の23倍に当たる。

肥大化する憧れ

 インドでは、地方から都会を目指す国内移住者が1億3900万人もいる。中国は2億5000万人。ブラジル、インドネシア、ナイジェリア、メキシコでも同じ傾向が見られる。新しい家と仕事を探している人の4分の3は、自国の中で移動しているのだ。そうした動きに伴って新しい中間層が形成され、昔からの支配層がぐらつき始めている。

 インドでも極めて貧しい州であるビハールの村を歩いていると、私を遠くから見ていた少女が突然近づいて来て、握手を求めた。まだ18歳にもなっていない彼女は、21世紀の人類の運命を担う移民予備軍だった。

「ここはすごく退屈なの」。知り合って1分もたたないうちに少女は言った。「学校の先生たちも退屈。どうしたらいい?」

 私は笑った。少女の目は野心と知性に輝いている。彼女はもう少ししたら、肩で風を切るようにしてインドに無数にある都会へと旅立つだろう。そして、同じように村を出てきた数億人を相手に、自らの気骨を試すのだ。どんなに高い壁も彼女を閉じ込めてはおけない。

※ナショナル ジオグラフィック8月号「移民とともに地球を歩く」では、人類拡散のルートをたどる米国人ジャーナリストが、新天地を求めて移動する人間の行動について考えました。

文=ポール・サロペック/ジャーナリスト

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