「世界の果ての海」が海洋保護区に認められるまで

南米最南端の海には世界有数の海洋生態系が広がる

2019.06.29
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アルゼンチン南部のエスタドス島沖で、ケルプの森に漂うミズクラゲ。ジャイアントケルプは世界最大の海藻で、45メートル以上に成長する。ケルプの森には世界有数の豊かな生態系が広がる。PHOTOGRAPH BY ENRIC SALA

 アルゼンチンのティエラ・デル・フエゴ諸島の端にあるセティス湾は、南米大陸のほぼ南の果てにある。

 ここを訪れる人はめったにいない。それは2018年2月の寒い日だった。私は、ナショナル ジオグラフィックの「原始の海」プロジェクトの調査チームを率いていた。アルゼンチン政府と地元自治体、パタゴニア海洋保護フォーラムと連携して行う調査で、目的は海洋保護区の新設に向けた科学的な情報の収集と、映像作品を作ることだった。

 アルゼンチンとチリにまたがるティエラ・デル・フエゴでの調査は、私にとって特別な意味があった。尊敬する科学の師であり友人でもあるポール・デイトンが、1973年にここで画期的な調査を行ったからだ。

 当時の調査でデイトンは小さな湾の一つ一つに個性があることに気づいた。ある湾のケルプ(コンブ科の海藻)には1、2種類の二枚貝だけが付着しているが、別の湾では小さな軟質サンゴが、また別の湾ではとても小さなナマコばかりが付いているといった具合だ。

 驚いたことに、それぞれの湾には今も同じ生き物が生息していた。過去50年間にわたり、この海の状態は安定していたようで、気候変動による永続的な変化は、まだ起こっていない。私はすてきなプレゼントをもらったような、何ともうれしい気持ちになった。

新たな海洋公園の誕生

 ある日、私たちは沿岸での潜水調査を休み、大陸棚の先にあるヤーガネス海盆まで遠出した。チリとアルゼンチンの南端から南極まで続く、広大な海洋生態系の真ん中に位置し、太平洋と大西洋と南極海が出合う場所だ。

 そこで調査チームのエンジニアであるブラッド・ヘニングが深海用カメラで海底を撮影したのだが、その動画に私たちは驚嘆した。マゼランアイナメやメルルーサ(タラの一種)をはじめとする深海魚が、カメラに仕掛けられた餌に集まってくる。その多くは、この海盆で乱獲されている種だが、海底にこれだけいるということは、人間に脅かされなければ、生息数が回復する可能性があるということだ。

 現地調査を終えた私たちは、ウェットスーツからビジネススーツに着替え、海の保護を訴えるため、アルゼンチン政府の関係者に会いに行った。政府関係者に今回の調査結果を報告し、ヤーガネス海洋公園の設立を提案。また、調査のドキュメンタリー映画をブエノスアイレスで上映し、各界のリーダーや市民にヤーガネス海盆とティエラ・デル・フエゴ近海の素晴らしい自然を紹介した。

 2018年12月、アルゼンチン議会は臨時国会を召集。この法案について白熱した審議が行われ、12月5日に下院で採決が行われた。驚いたことに、法案は196対0で可決された。これほどまでの圧倒的な支持は、どの国でも見たことがない。12日には無事、上院も通過した。

※ナショナル ジオグラフィック7月号「アルゼンチン 世界の果ての海を守る」では、南米最南端の沖に新設された海洋保護区とそこに広がる圧倒的な海洋生態系を、美しい写真で紹介します。

文・写真=エンリック・サラ/海洋生態学者

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