帝国崩壊物語る スイスで復元された古代人の顔

西ローマ帝国崩壊後も文化的影響が残っていた時代の人を笑顔に復元。その理由は?

2019.05.20
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
1300年前、スイス北部に住んでいたアデラシウス・エバルチュス。10代後半から20代前半に死亡したと考えられる。(PHOTOGRAPH BY OSCAR NILSSON)
[画像のクリックで拡大表示]

 数年前、西暦700年頃の古代の男性の骨がスイスで見つかった。男性には、アデラシウス・エバルチュスと、ラテン語風の名前が付けられた。スイス、ソロトゥルン州考古学局のミリアム・ブルシュレーガー氏は「よく考えて決めた名ですね」と説明する。男性が生きていた当時はゲルマン人が北部のスイス高原に移動していた時期にあたる。5世紀に西ローマ帝国が崩壊からしばらく経っていたが、言語や文化がローマ帝国時代のものからゲルマン系のアレマン人のものに変わりつつあった頃だ。(参考記事:「古代の蛮族ゲルマン軍、数倍規模か、定説覆す発見」

 もちろんアデラシウスという名前をはじめ、この男性に関することの多くは推測に過ぎない。男性の骨が発見されたのは2014年。スイス北部の町グレンヘンで、ビルの建設に先立ち中世初期の墓47基が発掘された。そのうちの1つから発見・回収された骨から復元されたのが、アデラシウスの顔だったのだ。墓は石を並べて作られ、石で覆われおり、足は北に向けられていた。この埋葬法はローマ様式のものだ。 (参考記事:「古代ローマで大人気、万能調味料「ガルム」とは」

 わかったこともある。アデラシウスは19歳〜22歳で、身長168センチほどだった。骨の感染症である慢性骨髄炎とビタミン欠乏症を患っており、その影響もあって、若くして亡くなった可能性が高い。石を並べて墓が作られたということは、当時のグレンヘンでの社会的地位が、他の住民よりも高かったことを示しているかもしれない。

参考ギャラリー:4万年で「イギリス人」の顔はこんなに変わっていた(画像クリックでギャラリーページへ)
ホワイトホークウーマン、5600年前 小柄でやせた女性で、25歳に達する前に出産が原因で死亡したとみられている(骨盤のあたりに胎児の骨が見つかった)。ブリテン島の新石器時代初期の埋葬地跡であるホワイトホークエンクロージャーで1933年に発掘された。最新のDNA解析により、ここに埋葬されていた人々は、後にブリテン島にやって来たビーカー人と比較して、一般的に肌も瞳の色も濃かったことが示唆された。彼らは、約4400年前にビーカー人に取って代わられた(COURTESY ROYAL PAVILION & MUSEUMS, BRIGHTON & HOVE)

次ページ:あえて笑顔にした理由

ここから先は「ナショナル ジオグラフィック日本版サイト」の
会員の方(登録は無料のみ、ご利用いただけます。

会員登録(無料)のメリット

  • 1ナショジオ日本版Webの
    記事が全て読める
  • 2美しい写真と記事を
    メールマガジンでお届け

おすすめ関連書籍

最強の帝国

覇者たちの世界史

『ナショナル ジオグラフィック別冊』シリーズの第9弾。古代から近代まで、歴史上に現れた世界の強大な帝国を詳細に解説したビジュアル歴史読本。

定価:本体1,400円+税

  • このエントリーをはてなブックマークに追加