人類史は複雑になる一方
人類の物語は近年、複雑になる一方だ。章立ても登場人物もかつてないほど増えている。ホモ・エレクトスのような原人の移住がおよそ200万年前に始まったことは、中国の中央部で最近見つかった非常に古い道具から分かっている。その後、何十万年にわたり他の集団が旅を続け、世界中に遺物を残している。(参考記事:「210万年前の石器を中国で発見、アフリカ以外最古」)
気候の違う見知らぬ土地へ入っていく中で、過去の冒険者たちは各地でさまざまな集団を形成した。たとえば、ヨーロッパや中東各地にはネアンデルタール人が定着した。東南アジアに向かったなかには、今のインドネシアで見つかった小柄なホモ・フロレシエンシスや、フィリピンで石器を使っていた人々がいる。
では、桐梓の歯はどの集団に属するのだろうか? 「研究材料はごくわずかしかありません」と、シン氏は慎重に語った。「ですが今は、多少は想像できます」
今回の研究は、桐梓の歯の構造とパターンに着目している。マイクロCTという方法で表面と内部の構造を細部まで解き明かし、アフリカ、東アジア、西アジア、ヨーロッパで集められた古代の歯および、現代に近い歯のサンプルと比較した。
その結果、桐梓の歯では、古代と現代の特徴がパッチワークのように入り混じっていた。特に、エナメル質の下の象牙質という組織には、原人であるホモ・エレクトスの歯にはっきり見られるしわがなかった。むしろ、多くの歯で単純さが目立ち、ネアンデルタール人のような旧人に近いと考えられた。しかし全体として、歯の特徴はどちらのカテゴリーにも当てはまっていない。
1つの魅力的な可能性は、この歯は得体の知れないヒト族の集団、デニソワ人ではないかというものだ。デニソワ人は、少なくとも40万年前にはネアンデルタール人との共通祖先から分かれた旧人と考えられている。彼らの手がかりは、シベリアの洞窟で発掘された臼歯3本、小指の骨、頭蓋骨の破片というわずかなものしかないが、遺伝的な痕跡はよく研究されている。デニソワ人のDNAは、現在のアジア、特にオセアニアにいる人々の間に今もかすかに残っている。
桐梓の歯とデニソワ人の歯の種類が違うため、直接比較できないのが大きな問題だと指摘するのは、カナダ、トロント大学の古人類学者ベンス・ビオラ氏だ。氏はつい先週、米オハイオでの人類学会でデニソワ人の頭蓋骨の断片についての発表を行った。桐梓の歯には、かなり大きいというデニソワ人に顕著な特徴が一見あるようだが、物理的な手がかりが限られており、遺伝的証拠がなければ決定的なことは言えない。なお、高温多湿の中国南部では、もろいDNAはなかなか残らない。
「明らかに特徴のある集団です。デニソワ人と同じ集団なのかどうかははっきりしませんが」とビオラ氏は語った。氏は、ロシア科学アカデミーのシベリア部門にも加わっている。
米ニューヨーク大学の古人類学者で、特に歯が専門のシャラ・ベイリー氏は、この歯とデニソワ人の類似性には懐疑的だ。「デニソワ人の手がかりがこれからもっと出てくるのは間違いないと思いますが、肝心なのは、比較に適した頭や顎の部分が得られない限り、推測ゲームでしかないということです」
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