古代エジプトを救った3人の王妃 反撃の物語

紀元前16世紀のエジプトには、侵略者ヒクソスを退けた、力強く賢い3人の王妃がいた

2019.03.18
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 第16王朝の王はヒクソスに隷属するかたちで命をつなぐ。しかし、テーベの街はヒクソスに対抗する拠点となっていく。そして、第17王朝になると、王妃たちによる反撃が始まる。その王妃こそ、テティシェリとその娘のイアフへテプ、孫のイアフメス・ネフェルタリに至る3代にわたる王妃たちだ。

 3人の王妃、そしてその夫への協力など、彼女たちが発揮した力によって、エジプト人はヒクソスに立ち向かい紀元前1521年頃には北部の都市の奪還に成功する。こうして誕生するのが「エジプト新王国」だ。そしてこの王国に、ハトシェプスト、トトメス3世、アメンホテプ3世らの偉大なファラオが登場するのだ。

王妃3代で古代エジプトを復興

 さて、時計の針をヒクソスのエジプト北部占領まで戻そう。ヒクソス出身の王アペピ1世は、ナイルデルタの街アバリスから北の一帯を支配した。このとき南部は、セケネンラー・タア2世が統治していた。セケネンラー・タア2世は、自身の母である王妃テティシェリをはじめとする人々の支持のもと、ヒクソスに反旗を翻す。(参考記事:「古代エジプト王女に世界最古の動脈硬化」

 テティシェリは率直かつ賢明な女性で、息子だけでなく祖国エジプトにも大きな影響を与えることとなる。

古代エジプトの王朝と神殿。(ILLUSTRATION BY NG MAPS, JON BOWEN)
古代エジプトの王朝と神殿。(ILLUSTRATION BY NG MAPS, JON BOWEN)
[画像のクリックで拡大表示]

 セケネンラー・タア2世は当時の習慣で、実の妹(あるいは姉)のイアフへテプと夫婦になる。イアフへテプは、母テティシェリから強靭な精神を受け継ぎ、ヒクソスに対抗する夫を支えた。だが、セケネンラー・タア2世は、ヒクソスとの戦闘中にけがをし、それがもとで命を落とす。19世紀にデル・エル・バハリで発見されたセケネンラー・タアのミイラ(現在はカイロのエジプト博物館に収蔵)の分析では、彼は首と額、頬に斧傷を受けていたことがわかった。この傷は、ヒクソスで一般的に使われていた戦斧の薄い刃によるものと見られている。(参考記事:「古代エジプト王の壮絶な死が遺骨から明らかに」

 セケネンラー・タア2世が亡くなり、次の王となったカーメス(セケネンラー・タア2世とイアフへテプの息子と考えられている)もヒクソスと戦ったが、王位に就いてわずか3年で前王と同じく戦場で倒れた。

 二人の遺志を継いだのがイアフメス1世(セケネンラー・タアとイアフへテプのもう1人の息子)だ。歴史家は、正式な支配者となるには幼すぎるイアフメス1世に代わって、王妃イアフへテプが摂政として実権を握ったと考えている。当時のテーベは強い指導者を必要としており、イアフへテプはその期待に見事に応えたのだ。北のヒクソスだけでなく、イアフへテプは南からの脅威にもさらされていた。ヌビアがヒクソスと同盟を組み、テーベを両側から攻め立てていたのだ。

 イアフへテプが摂政としてどんな政治を行ったのかについては詳しくはわかっていない。しかし、イアフへテプの墓からは、彼女の軍事的な栄誉を示す埋葬品が見つかっている。またカルナックの神殿にある大きな石碑には、王妃イアフへテプの偉大さが記されているなど、ヒクソスとの戦いで彼女が重要な役割を果たしたことは間違いない。

カルナック神殿のイアフメスの石碑。王が祖母で王妃のテティシェリに供物を捧げる様子が記されている。カイロ、エジプト博物館。(PHOTOGRAPH BY SCALA, FLORENCE)
カルナック神殿のイアフメスの石碑。王が祖母で王妃のテティシェリに供物を捧げる様子が記されている。カイロ、エジプト博物館。(PHOTOGRAPH BY SCALA, FLORENCE)
[画像のクリックで拡大表示]

次ページ:神となった王妃

会員向け記事を春の登録キャンペーンで開放中です。
会員登録(無料で、最新記事などメールでお届けします。

会員登録(無料)のメリット

  • 1ナショジオ日本版Webの
    無料会員向け記事が読める
  • 2美しい写真と記事を
    メールマガジンでお届け

おすすめ関連書籍

古代史マップ

世界を変えた帝国と文明の興亡

古代エジプト、共和制ローマ、漢などの世界を変えた強国から、カルタゴ、クレタ、オルメカなどの謎が残る文明まで、古代世界の勢力の変遷や時間の流れを視覚的に理解できる!

定価:1,540円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加