1849年、オーストラリア、ウェストルイス島の海岸で、米国の捕鯨船デルタ号の乗組員J・リークが上陸を記念し、岩に文字を刻んだ。(PHOTOGRAPH COURTESY CENTRE FOR ROCK ART RESEARCH + MANAGEMENT (CRAR+M) DATABASE)
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 オーストラリア北西部の島で、19世紀に米国から来た捕鯨船の乗組員たちが、壮大な航海の記録を岩に刻んでいたことがわかった。考古学者たちが発見し、このほど学術誌「Antiquity」に論文が発表された。

 岩面彫刻が見つかったのは、西オーストラリア州ピルバラ地域の沿岸部。先住民アボリジニの岩絵に混じり、米国の捕鯨船「コネティカット」号の乗組員による記録(1842年)と「デルタ」号の乗組員による記録(1849年)が発見された。(参考記事:「消えた19世紀の捕鯨船、アラスカ沖で見つかる」

 42の島から成るダンピア群島と近くにあるバーラップ半島は、オーストラリアで最も重要な岩絵が存在する地域の一つで、5万年にわたって岩に刻まれてきたペトログリフ(岩石線画)は、推定100万点にもおよぶ。

 コネティカット号の乗組員による岩面彫刻を発見したのは、西オーストラリア大学の考古学者とアボリジニの団体「ムルジュガ・アボリジナル・コーポレーション」のレンジャーが、ダンピア群島のローズマリー島で先住民の岩絵を調査していた時のことだった。

 この岩面彫刻は1842年8月18日に刻まれたもので、1841年に米国コネティカット州ニューロンドンを出港し、1年間にわたって航海したと記されている。ジェイコブ・アンダーソンという署名付きで、出港時の記録によれば、18歳のアフリカ系米国人だったようだ。1850年代までは、米国の捕鯨船の船員はおよそ6人に1人がアフリカ系だった。(参考記事:「名作『白鯨』の元ネタは、もっと壮絶だった」

ギャラリー:170年前の捕鯨船員が岩に刻んだ航海の記録 写真7点(写真クリックでギャラリーページへ)
1842年、オーストラリアのローズマリー島に上陸した捕鯨船コネティカット号の乗組員が施した岩面彫刻。若いアフリカ系の捕鯨船員ジェイコブ・アンダーソンが刻んだ文字もある。(PHOTOGRAPH COURTESY CENTRE FOR ROCK ART RESEARCH + MANAGEMENT (CRAR+M) DATABASE)

 さらに、調査チームはウェストルイス島で、デルタ号の航海を詳述した同様の岩面彫刻を発見した。日付は1849年7月12日で「J・リーク」という署名が見つかった。

おびただしい数の岩絵

 調査を率いた考古学者のアリステア・パターソン氏は、コネティカット号の岩面彫刻が施されていた露頭(岩石の露出部分)は「すでに岩絵だらけでした」と振り返る。「大小のあらゆる岩に何らかの彫刻が施されていました。人物、動物、幾何学模様などです」

 おそらくコネティカット号の乗組員は見晴らしのいい場所を求め、尾根を登ってこの場所にたどり着いたのだろう。「捕鯨船の船員は高い場所に行きたがります」とパターソン氏は話す。「高い場所から周囲を見渡し、海を泳ぐクジラの群れを探すのです」

次ページ:捕鯨は儲かる商売だった

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