命綱なしのクライマーはかくして巨岩を制覇した

ロープなしで900mの絶壁を初登攀したアレックス・ホノルドに密着

2019.03.01
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登り始めてから4時間後にエル・キャピタンの頂上に立ったホノルド。「初めは少し緊張したよ。ばかでかい壁が頭上にそびえていたからね。また難しい場所に挑戦したい。一つやり遂げたからって、引退したりはしないさ」PHOTOGRAPH BY JIMMY CHIN

 2016年11月、午前4時54分。肌寒い朝のことだった。
 米国カリフォルニア州ヨセミテ国立公園にそびえる巨岩エル・キャピタンの南西壁を、満月の神秘的な光が照らす。その花崗岩の岩肌に、アレックス・ホノルドは指先と靴の爪先だけで張りついていた。彼は今、ロッククライマーたちが長らく不可能だと思っていたことに挑んでいる。世界的に有名な高さ900メートルの断崖を、ロープを使わない「フリーソロ」というスタイルで登るのだ。

 ホノルドのヘッドライトが、冷たく滑らかな岩肌を照らした。1メートルほど上まで、手がかりも足がかりもない。さらに上方に行けば、浅いくぼみや小石ほどのサイズの突起、小さな割れ目などがあるので、強靭な指先を引っかけてよじ登れる。だが、「フリーブラスト・スラブ」と呼ばれるこのポイントは、ほぼ垂直の岩盤だ。細心の注意と技術で克服するしかない。「つるつるしたガラスの表面を登るような感じだよ」と、ホノルドがかつて口にしたことがあった。

 私は巨岩の麓にある倒木に腰かけ、180メートル上にいるホノルドのヘッドライトを見つめた。その動きが止まってから永遠にも思える時間が過ぎたが、実際にはたった1分ほどだったようだ。彼が止まった理由は明らかだった。次に待ち構えているのは、この計画を立てた7年前からずっと悩みの種となってきた場所だ。
 
 すると突然、ホノルドを撮影していたカメラマンの一人が岩壁の麓へ駆け寄っていった。トランシーバーの雑音が聞こえる。「アレックスが断念した」と、カメラマンは言った。  

「良かった」と私は思った。これでホノルドは死なずに済む。彼とは後で話すつもりだったが、リタイアを決めた理由はわかっていた。登れないと判断したのだ。無理もないだろう。こんなこと、正気の沙汰ではない。おそらく、やれると思うこと自体が危険なことなのだ。

断念から7カ月後の再チャレンジ

 エル・キャピタンをフリーソロで登る挑戦は、ホノルドが気まぐれで行ったわけではない。私たちが初めて一緒に登山をした2009年、彼はすでにその構想を口にしていた。その強固な自信や技術の高さを見れば、彼が本気なことは明らかだった。

 2017年6月3日の朝、私はエル・キャピタンの麓に近い草地にいた。ホノルドが最初の挑戦を断念したあの日から7カ月がたっていた。望遠鏡をのぞくとホノルドが見える。彼は峡谷の底から180メートル上方で、フリーブラスト・スラブを登っていた。10年近く彼を悩ませてきた、ガラスのような岩盤だ。

 普段は滑らかな彼の動きが、ぎこちない。進めるルートを探り出すかのように、足でとんとんと壁面を蹴っている。すると次の瞬間、長らく苦戦してきた動作をあっさりとこなし、1メートル上方の岩棚に立った。私は息を止めていたことに気づき、大きく息を吐き出した。この先にも何千という動作が控えているし、ボルダー・プロブレムの難所もある。だが今回は、引き返すことはないだろう。アレックス・ホノルドは今、歴史的なロッククライミングを達成しようとしていた。(参考記事:ロープなしで900mの絶壁を初登攀、米ヨセミテ

※ナショナル ジオグラフィック3月号「体ひとつで巨岩に挑む」では、ロッククライマーのアレックス・ホノルドがロープなしで900mの絶壁を初登攀を果たすまでに密着。この時の挑戦はナショジオのドキュメンタリー映画『フリーソロ』として公開され、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞しました。

文=マーク・シノット/登山家

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