人間から砂漠のヘビ、深海のイカまで、生きとし生けるものはすべて、たった1個の細胞から始まる。
写真家で映像作家のヤン・ファン・エイケン氏は、生命が誕生するつかの間の過程をカメラに収め、胸に迫る短編フィルム「Becoming(ビカミング)」を制作した。
「命の起源、生命の本当の始まりを撮影したいと思いました。調べてみると、カエルやイモリの卵は完全に透明であると知ったんです」
そこでファン・エイケン氏は、両生類のブリーダーに協力を依頼した。ブリーダーは飼育しているミヤマイモリを注意深く観察し、メスが卵塊を産み、オスがそれを受精させるとすぐにファン・エイケン氏に電話を入れる。ファン・エイケン氏は急いで駆け付け、顕微鏡を通して撮影を始める。
「それが難しかったです。最初の分裂をとらえたかったので」。最初の分裂とは、最初の1個の細胞が初めて分裂する瞬間である。(参考記事:「【動画】鮮やかに追跡!受精後の細胞分裂24時間」)
タッチの差で間に合わなかったことが何度もあった。また、撮影したい成長の過程が胚の反対側で起こっていてカメラにとらえられず、数日分の映像が無駄になったこともある。撮影できたとしても、光の量が足りなかったり、焦点が合っていなかったこともあった。
6カ月以上かけて何度も微調整を重ねた結果、自然界では4週間かかる卵の成長を6分間に短縮し、この世のものとは思えない神秘的で美しい光景を収めた短編フィルムを完成させた。
「本当に苦労しました。でも、報いも大きいです」
1つの細胞が「生き物」になっていく
「動画を見て、涙が出そうになりました」と語るのは、両生類の胚の発達を15年ほど研究している生物学者のキャロル・ハーニー氏だ。「それに、人間の胚の成長とそれほど変わらないというのも、驚くべきことだと思います」(参考記事:「脊椎動物は海にいた時代から歩けたか」)
受精から約3日後(動画では開始から1分前後)、胚のある一点がくぼみ、表面が潜り込んで陥入し始める。このくぼみを原口と呼ぶ。「原腸形成という過程で、脊椎動物にとって欠かせないものです。ここから腸管が作られます。つまり、原口はイモリの肛門となる部分です」
それから45秒後には神経板が隆起し、みるみるうちに両側から現れたひだに覆い隠される。これが神経系になる。(参考記事:「【動画】生きた細胞内の高精細3D映像化に成功」)
「ここまでくると、この卵が本当に生き物になるのだと想像できるようになるでしょう」
動画の2分20秒あたり(実際には受精から5日目)から、イモリの表面を細胞が移動し始める。一つひとつの細胞は、生まれつき備わっている遺伝子の青写真に従い、さらに周囲の細胞からのシグナルを受け取って、どんな組織に発達するのかが決定する。
動画が4分に入ると、心臓が脈打ち始め、血液の流れがはっきりと見えるようになる。
命の脆さに気づく
このフィルムは、1匹のイモリの成長を追っているように見えるが、ファン・エイケン氏は、最終的な映像を仕上げるのに実に多くの個体を観察しなければならなかったと語る。タイミングや運もあった。狙った瞬間をうまくとらえるのはかなり難しい。それに、すべての卵が無事に孵化できるわけではない。(参考記事:「【動画】卵から出るフラミンゴ、奮闘の24時間」)
ハー二ー氏は、自然界でも同じことだと指摘する。完璧な環境であるはずの研究室で育てても、発達が止まってしまう胚がある。「だから、メスはたくさん卵を産むんです」
「この小さな胚は、たった今卵の殻を破って外の世界にさらされた、私たちがこの世界に及ぼしているあらゆる影響にさらされたのだと思うと、命の脆さを感じます」
大気中へ放出したり川へたれ流したりする化学物質や、冬に歩道にまく凍結防止剤など、たとえ目には見えないとしても、人間は周囲に生きている無数の小さな生物に影響を与えている。そういったことに、この動画は気づかせてくれる。(参考記事:「【動画】きっと驚く!花々のタイムラプス 5選」)
ハー二―氏は言う。「動画を見てただ感動するだけでなく、これらの生き物を守ってやりたいという思いを人々が抱いてくれることを願います」

ミヤマイモリが1つの細胞から成長し、孵化するまでの4週間を追った6分の映像がある。分裂する細胞や脈打つ心臓を克明にとらえた映像は神秘的だ。
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