スマホがあると退屈で集中力低下、海外の研究事例

恩恵と弊害、スマホとの共生は人間にとってのチャレンジだ

2019.01.30
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サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学の前で待ち合わせをする学生たち。(PHOTOGRAPH BY JANET DELANEY)
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 少し前のこと、私のスマートフォンに、いつものようにインドのコルカタに住む父親からスカイプの着信が入った。79歳の父は、近頃ではあまり外出をせず、ほとんど家の中で過ごしている。この日、私は列車でデンマークからスウェーデンに向かう途中だった。父と通話をしながら、私はカメラを車窓の外に向けていた。ほんのひととき、私たちは一緒に旅をしているような気分を味わった。

 さまざまな面において、私はスマホの存在をありがたく思っている。しかしその同じデバイスが今、私の生活を常に阻害し、恐ろしいほど頻繁にこちらの意識に入り込み、家族や友人との直接的なふれあいを減少させつつある。父親に会いにコルカタに行ったとき、私は気がつくと会話の最中にしょっちゅうスマホに手を伸ばしてフェイスブックをチェックしたり、自分がついさっき投稿した写真に「いいね」がつけられていないかを確かめたりしていた。

 ここ十年の間に、スマホはわれわれの生活に革命をもたらし、コミュニケーションツールという枠を超えて、実にさまざまな目的に使われるようになった。通話やメールのやりとりをする以外に、今では世界中で20億人以上の人々が、道案内、タクシーの予約、商品の価格や口コミの比較、ニュースのチェック、映画・音楽鑑賞、ゲーム、休暇の記録、そしてなによりソーシャルメディアへのアクセスのためにスマホを利用している。(参考記事:「絵文字の肌の色は人種差別につながるのか?」

 スマホのテクノロジーが社会に多くの恩恵をもたらしていることには疑いの余地がない。たとえば、銀行に行くことができない数百万もの人々が金融取引をすることが可能になり、また救助活動をする人たちが災害現場の位置を正確に把握できるようにもなっている。日中に自分がどのくらい歩いたか、あるいは夜間に自分がどのくらいよく寝ているかをチェックするアプリもある。(参考記事:「アフリカのIT革命、少女は貧困から脱出した」

スマホが私たちに強いる犠牲

 しかしスマホは同時に、われわれの精神的および社会的な生活に大きな犠牲を強いるようになってきた。絶え間なく情報にアクセスできるようになったせいで、スマートフォンは、何億人ものユーザーにとってドラッグのような存在となっている。スマホ依存についての研究はまだ始まったばかりだが、スマホによる注意の阻害はますます深刻さを増しており、われわれは現実世界で過ごす時間を減らしながら、バーチャル世界のさらなる深みへと引きずり込まれつつあることが示唆されている。

 スマートフォンが人を支配するパワーを持っているのは、われわれの日々の習慣や行動を見れば明らかだ。道順を覚えるという行為はもはや過去のものとなり、われわれはどこへ行くにも、たとえ何度も行ったことがある場所であっても、当たり前のようにスマホに頼る。依存の度合いが特に強い人は、スマホを肌身離さず持ち歩き、真夜中にふと目が覚めたようなときでさえこれに手を伸ばす。もしカフェでコーヒーを飲みながら窓の外を眺めている人がいたなら、おそらくその人は静かな時間を楽しんでいるのではなく、単にスマホの充電が切れてしまったのだと考えるのが妥当だろう。(参考記事:「ポケモンGO自然の中でも、国立公園関係者が注目」

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