花の聴覚の仕組み
振動が伝わってそれを解釈するという、音を利用する仕組みを考えると、花のもつ役割がますます気になる。花が開いた時の形や大きさは様々だが、その多くは中心がへこんだお椀の形をしている。パラボラアンテナのように、音波を受けとめて増幅させるのにちょうどよい形状だ。
実験に使った周波数ごとに振動の効果を調べるため、ハダニー氏と共著者のマリン・ベイツ氏(当時ハダニー氏の研究室の大学院生だった)は、ごく微細な動きを計測できるレーザー振動計の下にマツヨイグサを置いた。そして、花の振動をそれぞれの周波数の振動と比較した。
「音響学的に言って、お椀の形をした花が振動して、内部で音を増幅させているとしたら、理にかなっています」と、ベイツ氏はいう。
そして、少なくともハチの周波数に関してはそうだった。ハチの羽音と花の周波数が一致したのを見たときは興奮した、とハダニー氏は語る。
「見ればすぐに納得できますよ」
それが本当に花の構造によるものかを確かめるため、研究チームは花弁を一枚以上取り除いてみて実験を繰り返した。すると、花はいずれの低周波音にも共鳴しなかった。
ほかにも「耳」はあるか
新たに見つかったばかりのこの植物の能力には、まだ疑問が山のようにあるとハダニー氏は認めている。特定の周波数だけをよく聞く「耳」はまだあるだろうか。また、もっと薄い蜜で糖度が1~3%変化しただけでも、ハチが感じ取れることは知られている。であれば、マツヨイグサはなぜ糖度20パーセントまで蜜を甘くする必要があるのか。
この能力は、蜜の生産や授粉以外にも役に立っているのだろうか。例えば、近くで草を食む草食動物の音を聞きつけて、仲間に警告を出せるのではないかとハダニー氏は推測する。あるいは、種子を拡散してくれる動物を引き寄せる音を出せるかもしれない。(参考記事:「【動画】植物内部の「警報」伝達、可視化に成功」)
「花は、長い年月をかけて花粉媒介者とともに進化してきたということを考慮すべきです。彼らは生きていて、他のすべての生きものと同じように、この世界で生き延びる必要があります。周囲の環境を感じ取る能力は、動くことのできない植物にとっては特に重要なのです」(参考記事:「植物は隣の植物の声を聞く?」)
ひとつの研究が、科学のまったく新しい研究分野を切り開いたといえる。ハダニー氏はそれを植物音響学と呼ぶ。
ベイツ氏は、研究で観察した現象の背景にどんな仕組みがあるのかをもっとよく知りたいという。例えば、花のどんな分子やメカニズムが振動を起こし、蜜の糖度を上げるのか。また、周囲の環境を感知するのに、必ずしも既知の感覚器官しか使えないわけではないことも、この研究で裏付けられればと願う。(参考記事:「「聞こえないのに聞こえる」不思議な音で病をなおす」)
「植物がどうやって聞いたり臭いだりできるのかと疑問に思う人もいるでしょう。音を聞くのは耳だけではないということを、人々に理解してほしいです」
米カリフォルニア大学デービス校の教授で、植物と害虫の関係の専門家であるリチャード・カーバン氏も、自身の疑問として、特に植物が音に反応する進化上の利点に関心があるという。
「植物が何らかの化学的な成分によって周囲の環境を感知している可能性はあります。周囲のほかの植物が授粉しているかどうかもわかるのかもしれません。まだ何の証拠もありませんが、この論文は今後の研究への最初の足掛かりです」