映画『ゴーストバスターズ』にちなんで
ズールがカナダにやってきたのは、アーバー氏にとって思いがけない幸運だった。化石が到着した直後から、2年間にわたる調査を開始することになった。エバンス氏とともに頭骨や尾骨を研究する中で、この恐竜がアンキロサウルス類の新種であることを明らかにした。
2人は新種の種名に「クルリバスタトル」という言葉を選んだ。ラテン語で「すねを破壊するもの」という意味で、この恐竜の尾についている武器にちなんだものだ。角のような突起が1984年の映画『ゴーストバスターズ』に登場する番犬「門の神ズール」を思わせることから、属名はズールとした。この名前を学名として記載するにあたり、エバンス氏はある友人の賛同を求めた。『ゴーストバスターズ』の脚本に関わり、出演もしたダン・エイクロイド氏だ。熱心な古生物ファンであるエイクロイド氏は、よろこんで同意した。
一方で、ズールの体を覆っていた20トンの岩塊は、RCI社の倉庫に運びこまれた。運搬さえ一苦労で、この砂岩を運ぼうとしたフォークリフトが駐車場で倒れてしまったほどだ。
2018年1月になってから、ようやくズールの背骨と胸郭を取り出す作業が開始された。その8カ月後には、背中の装甲に取りかかる準備ができた。そのためにRCI社は岩塊を半分に切断し、8トンほどの岩を裏返した。
それ以来、標本の抽出を担当しているアメリア・マディル氏らが、装甲を掘り出す骨の折れる作業を進めている。5人の女性からなるこのチームは、この発見の重要さを誰よりもよく知っている。「岩塊が到着したとき、父にそのことを話しました。人生をかける仕事がここにあるのよ、と。すばらしい仕事です。現実とは思えません」
ズールがあまりに現実離れしているためか、RCI社の予定は遅れている。マディル氏のチームの作業が終わるのは、早くても2018年末だ。化石の科学的な分析はそれからになる。恐竜に由来するタンパク質の化学的調査などが行われる予定だ。(参考記事:「最古の恐竜のタンパク質を発見」)
ロイヤル・オンタリオ博物館には、アクリル樹脂のケースに入れられたズールの頭骨が展示されている。新しい展示の主役であることは誰もが認めるところだ。口を大きく開け、つねに眉をひそめたような表情をじっと見つめていると、にらみ返されているようにすら感じる。この恐竜が生きていた7600万年前の日常を感じられるようだ。このあごで、中生代の植物を食べていたのだろう。骨ばったまぶたの下の目は、失われた世界を見つめていたに違いない。
見れば見るほど、陳列ケースや説明書きが消えていくようだ。ここには現在はない。化石の時代に舞い戻った私の目の前には、ズールだけがいる。
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