サウスカロライナ州チャールストンで2013年、新しい舞台芸術センターの基礎を掘っていたとき、アフリカ系の祖先を持つ36人の墓が見つかった。(PHOTOGRAPH BY BRUCE SMITH, AP)
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 成長を続けている都市では、貧困者や黒人、奴隷の墓といった過去の断片は覆い隠されてしまいがちだ。現在、米サウスカロライナ州チャースルトンでは、地域の活動家や科学者が協力して、昔の謎を解きつつ、何世紀も葬られていた歴史の誤りを正そうと奮闘している。

 話は2013年まで遡る。老朽化した舞台芸術センターを建て替える総工費1億4200万ドル(約160億円)のプロジェクトの最中、アンソン・ストリートにある建物の裏側で人骨が掘り起こされた。検視の結果、犯罪性がないことが判明すると、考古学者たちが注意深く遺骨を回収した。ここには、幼児から40歳以上の大人まで、36人の遺骨が埋まっていたのだ。

 骨と歯の同位体分析の結果、遺骨はすべてアフリカ系の祖先を持つこと、その出身地は18世紀後半に大西洋で行われた奴隷貿易の相手先と一致していることが分かった。具体的には、36人のうち3分の2はナミビアからモロッコまでの西アフリカ出身で、1人はマダガスカル、1人はカリブ海地域から来ていた。2人は歯が削られていたが、これはアフリカの西側から中央部にかけてよく見られる慣習だ。若い9人はサウスカロライナ州生まれだった。(参考記事:「苦しみの歴史に衝撃、アフリカ系米国人博物館」

 埋葬された時期は1770〜90年の間と推定されている。地図や区画図に記録は残されていないが、アフリカから奴隷として連れてこられた人々とその子孫の墓としては、チャールストンで最も古いものと考えられている。

 米チャールストン大学の人類学者アデ・オフニイン氏は、「遺骨が掘り出されたこの一帯は、神聖な土地です」と話す。

 オフニイン氏は、同僚のジョアンナ・ギルモア氏ら数人の有志とともに、ガラとギーチーの歴史や伝統を守るNPO「ガラ協会」を設立している。「ガラ」「ギーチー」とは、アフリカからサウスカロライナ州やジョージア州に連れてこられ、米のプランテーションで働かされた奴隷の子孫たちのこと。ガラ協会の主な取り組みは、一帯のアフリカ系米国人の墓地を記録し、復元することだ。(参考記事:「2016年10月号 未来へ伝える アフリカ系米国人の足跡」

 オフニイン氏は、遺骨を近くに埋葬し直して、見つかった場所に記念碑をつくろうとしたが、市の説得に数年かかった。チャールストン市は最近になってようやく、この地がかつて米国の奴隷貿易の中心地だった事実を受け入れ始めたところだ。アフリカから連行された奴隷の半数近くがチャールストン経由で米国に入った。チャールストンの街を歩けば、教会の尖塔と同じくらい、よく目に入るのは、米国南部の奴隷制度の賛成派や南北戦争の英雄たちの記念碑だ。

 2016年、ジョン・テックレンバーグ氏がチャールストン市長に選出された。ガラ協会にとっては大きな味方だ。テックレンバーグ氏のユダヤ系の祖先は、アイルランド移民、解放された黒人などの「好ましくない」人々とともに、旧市街の外側に埋葬されている。テックレンバーグ氏は最近、オフニイン氏らが主催した地域フォーラムで、チャールストンが南北戦争前の奴隷貿易に深く関わったことを非難した。

「ガラ協会」を立ち上げた人類学者のアデ・オフニイン氏。サウスカロライナ州チャールストンで、アフリカ系米国人の墓地を保存するための活動を率いている。オフニイン氏の祖父は鍛冶工として有名なフィリップ・シモンズ。錬鉄製の門を数多く手掛けており、今も街のあちこちに作品が残されている。(PHOTOGRAPH BY JOEL BOURNE)
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