擬態の目的は狩りではない?
化学物質のシグナルがアリにとってどれほど重要かは、いくら例を挙げてもきりがない。アリには目もあるが、仲間の後をたどって豊富な食料にたどり着いたり、敵と味方を区別したり、さらにはごみと間違えられてコロニーの外につまみ出されるのを防いだりする際に、彼らはにおいに頼っている。
中には、正体を隠すためににおいを使うアリもいる。
「サムライアリ属というグループがいます。かつては奴隷狩りアリと呼ばれていましたが、私たちは『奴隷制アリ』、または略奪アリや誘拐アリという用語を使っています」とスミス氏。
どう呼ぶにせよ、その名は冗談ではない。
寄生先であるヤマアリ属の巣を見つけるやいなや、サムライアリの女王は中に忍び込み、ヤマアリの女王を殺す。続けて「死んだ女王の体液を浴びます」とスミス氏は語る。新たに獲得したにおいで正体がばれるのを防ぎつつ、サムライアリの女王は次々と卵を産む。ふ化した世代は、外へ出てヤマアリを捕まえてくることを唯一の任務とする働きアリになる。
通常、それぞれのサムライアリの種が寄生するヤマアリは1種だけであることから、ヤマアリにとっては、体のにおいを変え続けることに進化上の大きな動機があるとスミス氏は話す。すると、サムライアリが思い通りに事を運べなくなるからだ。
それどころか、これが、首狩りアリがアギトアリとほとんど同じにおいを放つよう進化した理由という可能性もある。サムライアリはアギトアリに寄生しないため、アギトアリを倒すためではなく、別の種になりすますことが偽装の目的もしれないのだ。(参考記事:「アリはなぜ無視?アリの餌を盗むチョウ、初の事例」)
「ですが、その証拠は全く得られていません」と、スミス氏は話した。「単なる推測に過ぎないのです」
共進化の関係
少なくともはっきりしているのは、2種の体表の炭化水素が一致するのは偶然とは考えにくいことだ。首狩りアリはアギトアリが生息している場所でしか見つからない。しかも、擬態するのはその土地に固有のアギトアリだけで、近年導入された種には擬態しない。(参考記事:「アリではありません、何でしょう?」)
こうした点はいずれも、首狩りアリとアギトアリに複雑な共進化の関係があることをうかがわせるとスミス氏は話す。この関係が何なのか、まだ全て解明されていないとしてもだ。
これらの種のアリを専門とする他の研究者たちは、この結果に驚き、当惑させられると話している。
「F. archboldiが自分より体が大きなアギトアリを圧倒でき、しかもそれに特化しているというのは注目すべき点です」と、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の昆虫学者アンディー・スアレス氏は話す。「アギトアリを蟻酸のスプレーで倒すなんて、まるで映画に出てきそうです」
米フィールド自然史博物館の昆虫学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもあるコリー・モロー氏も、新たな研究成果を興味深いと評している。
「この不思議な生物について、慎重な分析がなされているにも関わらず、まだ疑問は残っています。このアリは、なぜ獲物の頭部を巣の周囲に並べるのでしょうか?」とモロー氏。「獲物のにおいで自分たちを覆い隠すために、獲物の死骸を使っているのでしょうか。まさに、自然について知れば知るほど、さらなる疑問が出てくる例だといえます」